【 クオ・ヴァディス Quo Vadis/新谷かおる・佐伯かよの 】
1人の男と1人女の闘うシーンから物語は始まります。攻め込む側が女。男は追われる立場のようです。
二人はとうやら何度も戦闘を繰り返している様子で、言うなれば因縁の対決であることが示されます。
(オーディン(左上)とフレイア)
主な舞台は現代ヨーロッパ。連載開始は10年位前ですが、「まさに今」と考えてもらっていいでしょう。なにしろ、物語の舞台は遠い過去から未来にまで渡っており、10年なんて、無いに等しい時間の経過です。しかし、物語のきっかけは現代ではなく、はるか未来です。
現代を起点にすると数万年先。そこでは人類が生殖能力を失い、 滅亡の危機にさらされていました。その原因、人類が滅亡に向かう分岐点を探るために、研究者たちは過去にタイムトリップしたのです。
未来人は遺伝子操作で不老不死になっています。しかし、事故等酷い目にあえばやはり死にます。つまり、新しい命が生まれなければ人類はいずれ滅亡するのです。そこで、新しい命は研究室で人工的に作られています。調査のために過去に飛んだ研究者たちもそういった生い立ちです。
過去への調査のためのタイムトリップは、タイムパラドクスを危惧する当局によって許可を得られない中、強引に実施されます。
過去に飛んだのは8人。過去といっても数千年の単位で、現代をも通り越し、たどり着いたのは有史以前の時代。しかも、8人はバラバラの時代・地点に到着しました。仲間を探しながら、何千年という歳月を過ごすことになるわけです。
そして、現在まで生き続けた未来人オーディン(男、20~30代)は、不老不死のため吸血鬼とされ、バチカンの吸血鬼ハンターに追われることになってしまいました。それが冒頭の戦闘シーンの男性です。
(ソフィア)
女性がその吸血鬼を追うハンターです。彼女の名はソフィア。 ハンターの中でも極めて強く、不老不死でもあります。不老不死というその特殊な能力はイエスから授けられたものとされています。
(イエス)
壮大な時間軸を舞台にした作品ですが、登場人物も特異です。例えば現代社会に、イエスや聖母マリアなども生存しています。彼らもまた不老不死です。マリアが処女懐妊したのも、不老不死の能力により、処女に戻ってしまうためと説明されています。
イエスの血を受けた者は不老不死となり、しかも吸血鬼になるため、バチカンの管理下におかれ、規則を守らない吸血鬼は、吸血鬼ハンターに退治されます。(吸血鬼ハンターも不老不死ですが、主の加護を受けた者と説明されており、吸血をしません)
オーディンは未来の技術により不老不死なのですが、「不老不死だから吸血鬼」ということにされ、バチカンの吸血鬼ハンターに追われているということのようです。彼はハンターからは真祖(オリジナル)と位置付けられています。
ただ、後に「バチカンやギルドの指示に従わず、めったやたらと吸血するならず者」の吸血鬼が、バチカンのハンターに退治されるという設定が明らかになるので、オーディンがハンターのターゲットになるのは、ちょっと矛盾するんですけど、連載10年となれば、こういった揺らぎもやむを得ないでしょうね。
オーディンは現代ヨーロッパでは、古物商を営んでいます。そして、あるとき、同じく未来から過去へ飛んだ研究者の一人で、その計画の中心人物でもあるフレイア博士(30~40代と思われる女性。教授)と、再会を果たしました。
フレイアは中世のいっとき、山中に小屋を構え、未来の知恵や技術を用いて、薬師として暮らしていました。 そしてある事件で魔女とされ、魔女狩りに追われます。
森に逃げ込んだフレイアは、やはり未来の技術で大木と同化し、長い眠りにつくことになりました。それをオーディンが発見したのです。
ただし、フレイア教授は幼女の姿に退行していました。実はフレイア、あまりにも長い間、木と同化していたために、木と離れて命を維持することができなくなっており、未来からやってきたフレイアは故人となっています。
その死の間際に、カプセル(棺型タイムマシンで未来の研究室並みの能力と生命維持やクローンを作る能力などを持っている)の機能を使って、クローンが産み出され、記憶などもコピーされました。それが、オーディンの発見したフレイアであり、本体とは異なる個体なのですが、それがわかるのはもう少し先の話です。また、オーディンがフレイアを発見した時には、カプセルは失われていました。
過去にジャンプした8人のうち5人が失敗したことが後にわかりますので、成功したのは3人ということになります。オーディンとフレイア、そしてもう1人が、ジョシュアです。
遺伝子操作で不老不死ではあるものの、生殖能力の無い、未来人。ジョシュアは極端な寂しがり屋で、 老いないまま何千年もの孤独に耐えていました。そして、自らの肉体に、再度の遺伝子操作をほどこします。目的は不老不死ではなくなることと、生殖能力を得るとこです。その遺伝子操作は、ウイルスを用いて行われました。
おかげで彼は、家族を持つことが出来ました。 聖母マリアとの結婚、そして、イエスの誕生です。しかし、不老不死からの解放すなわち「老いて死ぬ」ことは叶いませんでした。遺伝子操作は失敗だったのです。(しかも、ウイルスを使っての遺伝子操作のため、マリアやイエスに感染してしまいます。)
不老不死から解放されなかったジョシュアは、イエスとマリアを残し、ベスビオス火山に身を投げます。
ストーリーは、現在の流れを主軸に、未来と過去が「かつての出来事」として挿入されながら展開します。
現在のヨーロッパでは、吸血鬼として権勢を振るう「伯爵」を退治にでかけたバチカンのハンターであるソフィアが行方不明となり、その捜索のためもう一人の最強ハンター、ルーがロンドンに派遣されます。
ロンドンでルーは、恋人を伯爵によって吸血鬼にされてしまった新聞記者のエドと出会います。吸血鬼にされた者は、吸血鬼にした者の支配下におかれます。つまりエドは恋人のリズを伯爵に奪われたわけです。
恋人を伯爵から取り返したいエド、伯爵を退治しに来て行方不明になった仲間を探すルー、 二人は共同戦線をはることになります。
(ルー、だと思う)
実はエドもリズに吸血されているのですが、その場にいあわせたフレイアから、発症前(吸血鬼化する前)にワクチンを投与され、吸血鬼への免疫を身に付け、吸血鬼化を免れました。
(リズ(左)とエド)
といった具合に、主要な登場人物が次第に揃い、世界観が明かされてゆくのですが、あらすじを語ってるとキリがないので、他の主要な登場人物をざっと紹介していきます。
この物語の広がりや深みをお伝えできればと思います。
シド : 未来人。フレイア達が過去へ行くことに強硬に反対した。オーディン達と対立。最初は、オーディンへの嫉妬もあり、疎ましく思っているだけのような描写だったが、後に彼こそが重要な役回りを演じていたことが示される。
(シド。右手前はオーディン。)
サラ : 現代人。アンティークショップの経営者。つまり、オーディンとは同業者。作品中もっとも可愛い系のキャラ。「エッチなことをするのもされるのも好きだけど、あんたとはしたくない」と、寝込みを襲おうとした(性的な意味ではなく、吸血しようとした)伯爵に銃をぶっぱなした。 商品仕入れのために、ぶっそうな場所にも行くので、寝るときは枕の下に銃を置いておくのが習慣になっている。
(サラ(左)とフレイア)
ジェニングス : 現代人。同じく骨董屋。サラにとは父親くらいの年齢差と思われるが、二人とも天涯孤独という共通点があり、お互いが心の支えでもある。
エスカリオテのユダ : 過去人。イエスをローマ軍に売った裏切り者ということになっているが、実はこの裏切りはイエスの指示によるもの。イエスは布教のために、いったん処刑されて復活するというセンセーショナルな演出が必要と考えていた。その命令に従う際にイエスから血を授かり、ユダも不老不死の吸血鬼となる。バチカンの吸血鬼ハンターの組織(評議会)ではアルフォンソと名乗っており、評議会のトップアテナと共に、吸血鬼たちを取り仕切っている。
アテナ : 過去人。売春宿で客をとらされそうになる直前に、イエスに身請けされた。命の危機にさらされたとき、イエスの血を与えられ不老不死となるも、それと引き換えに吸血鬼化し、同時に盲目になり、また足の自由も失った。このため、車椅子での生活である。心眼が使えるので盲目による不自由はない。不老不死のために実際の年齢はほぼ西暦とほぼイコールと思われるが、少女の姿のままである。教皇より上の立場らしい。また、外伝では、イエスが生涯の伴侶として彼女を選んでいたことが明かされた。
フレイアが未来から持ち込んだ「スピリチウム」なるものにより、後に視力と足の自由を取り戻す。吸血衝動もなくなり、普通の生活(昼間の活動や通常の飲食)ができるようにもなった。
コーリング教授 : 現代人。歴史学社。研究熱心な高齢女性で、吸血鬼に直接インタビューした経験があるなど、吸血鬼への造詣が深い。研究のための永遠の時間を欲して自ら吸血鬼になるなど、変わり者である。
エドがリズを救う方法を探るためコーリング教授に会いに行った。
(コーリング教授)
パートリー夫人 : 過去人。スコットランドの古城を住処とし、イギリスに4つある吸血鬼のギルドをまとめる長の1人。バチカンがギルドを、ギルドが地区の吸血鬼をそれぞれ管理監督する。オーディン、フレイア、サラ、ジェニングスといったメンバーとは、骨董のオークションで知り合う。
パートリー夫人はオークションに深紅の棺を出品していたのだが、これが紛失したフレイアのカプセルだった。
(パートリー夫人)
フレイアのカプセルは特別のもので、スピリチウムという地球まるごと擂り潰してもほんの少ししか得られない稀少元素を必要とするユニットXが搭載されていた。
ユニットXはイエスにより抜き取られ、カプセルが漂着した洞窟の地面に埋められ、カプセル(棺)そのものはパートリー夫人の手に渡っていたのだ。
棺は開けることも壊すこともかなわない不思議なもので、人目にさらすことでその正体を知ろうとパートリー夫人がオークションに出品、 そこへ本当の持ち主が現れたということになる。
ちなみにオーディンのカプセルはユニットXの搭載はなく、黒色。ロンドン郊外の自宅にある。
ジャン・ピエール : 過去人。アテナから生け贄が必要だから吸血鬼を生け捕り(処分でなく)してこいと指令をうけたソフィアとルーが、捕縛した。
吸血鬼は第3世代になると突如理性を失ってモンスター化し、めったやたらに吸血行動を繰り返す個体が現れる。そういった吸血鬼を狩るのがバチカンであり、ハンターなのだが、ピエールはバチカンに行きたいがために、わざと目立つことをしており、実はバチカンが彼の思惑にはまった状態になった。
生け贄を必要とした理由は、モンスター化して灰になったコーリング教授を、灰から再生する実験にアテナが取り組んでおり、それに必要だから。
結果、コーリング教授は再生し、ピエールも干からびらことなく、レギュラーメンバーとなる。
ノードン : 過去人。吸血鬼。イギリスの4つのギルドのうちのひとつの長で、全てのギルドを掌握し、バチカンに対抗しようとたくらむ。
主要な登場人物が出揃うと、物語は中盤にさしかかります。ここで、ひとつの事件がおこります。
第3世代の吸血鬼のモンスター化が顕著になるのです。モンスター化した吸血鬼は遅かれ早かれ、灰になります。また、吸血行動も異常になり、相手か干からびて死ぬまで血を吸いまくりもします。だから、第4世代は誕生しないとされています。
第3世代が次々と異常を来す事態を知り、イエスは「最後の審判」が始まった、と言います。
バチカン直属のいくつかの研究所は、「吸血鬼はウイルスによるもの」と、同じ結論を得始め、バチカンに報告をあげてくるようになりました。そして、その対策も提案してきます。(ジョシュアが自分の遺伝子操作にウイルスを用いたことに起因することが、徐々にあきらかになっていきます)
一番過激な提案は、イギリスからのものでした。第3世代の吸血鬼にはモンスター化と同時に働く自爆装置を埋め込めばいい、というのです。苦しんで灰になるより、すぐにあの世に召される自爆装置は福音なのだと主張します。
一方で、パートリー夫人とその世話をするチェイテ城の住人たちは吸血をしないという噂をかねてから耳にしていたアテナは、ソフィアとルーを伴って、自ら調査にでかけます。そして、チェイテ城の秘密を知ります。
それは、ある洞窟に行き、祈りを捧げれは、吸血衝動が無くなるというのでした。
その洞窟は、まさしくフレイアがタイムスリップで漂着した洞窟でした。
そこへの道程は山道と積雪で困難を極めましたし、祈りの結果もすぐには効果がでなかったのですが、やがてアテナは車椅子の生活から解放され、目も再び見えるようになりました。吸血鬼ではなくなったのです。
(手前の2人は、ソフィアとルー)
(イエスとアテナ)
喜ばしい出来事がある一方で、悲劇がおこります。各国にあるバチカンの研究所で、研究中のウイルスが漏れてしまうという事故が同時多発したのです。
テロか? 何らかの敵対勢力による攻撃なのか? 答えは出ません。
研究所では安全装置が働き、自動的に封鎖され炎に包まれ、ウイルスを含めて全てを焼却するのですが、果たして間に合うのか? 間に合わなければ、パンデミックの発生です。
結論からいうと、間に合いませんでした。
漏れたウイルスには、ジョシュアが自らの遺伝子操作のために作り、変異して吸血鬼ウイルスとなったものも含まれています。
研究室から放たれたのは、従来の吸血鬼ウイルスとは異なり、空気感染し、かつ人間か吸血鬼かを問わず感染すると灰か石になるなどかなり悪質化していました。多くの人が灰になり、または石化してしまいます。ルーもまた灰になり、ソフィアとマザーフレイアは石になります。
人工は急激に減り、様々なライフラインが維持できなくなってきます。
この大きな罠をしかけたのは、シドでした。
シドはフレイア達より遥かな昔(人類の誕生以前)に飛び、様々な研究と観察を続けていました。
なんとシドは、地球に生命が生まれるよりも以前にジャンプしてたのです。それは、2度の全球凍結のあと。そこでシドは、地球上に様々な生命が生まれるための種を撒き、恐竜絶滅の原因だとされる巨大隕石の衝突による環境変化をも利用し、やがての人類を生み出そうとしていたのです。
それだけではありません。シドは「何度でもやり直せるシステム」を組んでおり、思い通りにならなければ再び過去へ飛ぶつもりだったのです。但し、その際には自分1人ではなく、フレイアと共に行くために、様々な仕掛けをも行っていました。
しかし、そうした思惑は、バチカンにいる不老不死の人々(アテナやアルフォンソ)とも、未来人(フレイアやオーディン)とも、現代人(サラやエド、ジェニングスやコーリング教授など)とも、相入れない存在となってしまいます。そのため、アルフォンソに自らの命と引き換えに殺害されるのです。
そして残されたのは、過去へと飛ぶ装置と、パンデミックという厄災でした。
このあたりで、地球とか宇宙について、若干の知識がないと、ついていけなくなるかと思います。少し解説を加えましょう。
まず、全球凍結について。地球はその歴史において、熱い時も冷たい時もあったのですが、全球凍結とは地球全体が凍りついてしまう状態のことで、少し前まで否定されていた学説です。
全球凍結してしまうと、反射率が高くなりすぎて、太陽光を反射しすぎるため、再び暖かくなることはない(凍ったままになってしまう)から、ありえないといわれていました。
しかし、今では全球凍結しても他の要素で暖かくなれるということで、否定されてはいません。むしろ、過去に2度、地球は全球凍結していた、というのが主流の学説です。
もうひとつ、過去へはタイムスリップできても、未来へは行けない、というのが作中に出てきます。これにも説明が必要でしょう。
未来では座標が確定できず、未来に到着した時点で宇宙に放り出されてしまうからという理由です。未来のある時点での地球の位置(座標)は、確定できないからです。
地球は太陽を公転していますが、それだけでなく、様々な影響を受けて軌道は変化します。地球を回っている月ですら、徐々に地球から離れていっており、ずっと同じではありません。
さらに太陽系は天の川銀河の一部として回転していますし、天の川銀河は全体として移動しています。
また、宇宙は膨張を続けていて、しかも中心というものがありません。これでは、未来のどの地点という座標指定のしようがないわけです。
ただ、これはおそらく作者も気づいていないと思うのですが、理論が破綻しています。なぜなら、未来の地球の座標はわからなくても、少なくともオーディン達が暮らしていた未来までは、確定値がわかっているはずです。なので、それよりも未来へは行けなくても、そこまでは行けるはずなのです。でもまあ、そこはあまり突っ込まないでおきましょう。
さて、このタイムトラベルのシステムの制作者であり使用者でもあるシドは、故人となってしまいました。しかし、装置は動いています。動力はシドが作った核融合炉。これが実にやっかいなものであることが、オーディンの解析で判明します。
所定の動作をすれば、徐々に出力を落とし停止するようにプログラムされているのですが、想定外の動作をすれば地球規模の核による事故を、引き起こしかねないのです。
所定の動作とは、もう一度歴史をやりなおすために、この装置で2人が過去へ飛ぶことです。2人なのは、シドがフレイアを連れていくことを想定していたからです。
シドのラボは、亜空間とも呼ぶべき場所にあり、今、そこに集まっているのは、 主要な登場人物のうち、吸血鬼ウイルスに耐性のある人達です。
耐性のある人だけが生き残っていて、世界全体ではどうやら人口はパンデミックにより10億を切っている模様です。もはやライフラインを維持できる下限を下回っています。
途方に暮れる一同が見つめるモニターには、オンラインで繋がった監視カメラの映像があります。そこに、 ロンドンのジェニングスの姿がありました。彼もまた、ウイルスに耐性のある1人だったのです。
まだ外伝が出たばかりで、現役と言って差し支えない作品ですから、最後まで書くのは気が引けるのですが、Wikipediaには完全にラストまで記されているので、この先ネタバレになりますが続けます。
とにかく誰か2人が過去へジャンプしなければ核融合炉が暴走します。それを防ぐために、オーディンとフレイアが、赤ん坊に戻ってしまったイエスとアテナをそれぞれ抱いて、シドの作ったシステムでジャンプ(タイムスリップ)をし、サラやコーリング博士など、他のメンバーはロンドンに戻ることになりました。
そして、30年後。
極端に人口の減少した人類は、どうにかこうにかライフラインを維持しながら、生きていました。
あの悪役吸血鬼だった伯爵も、額に汗して労働してたりなんかします。もっと悪役だったノードンは、ウイルス感染で死亡しました。
そういえば、チェイテ城のバートリー婦人も、チェイテ城のメイドや執事とともに灰や石になってしまいます。
羊として送られてきて、その後、チェイテ城の娘として育った3人の娘も、内二人は砂になってしまいました。
読者が馴染んだキャラが全て「耐性があり、生き残った」ではご都合主義ですが、そこそこの死者は出ています。
ソフィアもルーも亡き人となりますし、アルフォンソとシドも死亡しました。
一方、生き残った人類は、しかしまだ新たに何かを始めるような状態にはなっていません。文明の残り香をかき集めている状態です。
でも、それも厳しくなってきています。例えば医薬品などは、在庫がどんどんなくなっていますし、在庫があっても古くて使えない、という状況です。
しかし、そんな中にあっても、「最後の審判(すなわち、変異吸血鬼ウイルスによるパンデミック)」以降に生まれた青年が、シェルターから抜け出して、サラやジェンキンズたちの前に姿を現しました。人類はどうやら100%生殖能力をなくしたわけではなさそうです。
さて、過去にジャンプしたはずのオーディンたちはどうなったでしょうか。未来から過去へジャンプした時は、それぞれのメンバーがバラバラに漂着しましたが、今回は同じとき、同じ場所に到着しました。オーディンの持つ年代測定器では、パンデミックから30年後の未来です。場所はドイツのアルゼンハイムの森。
わずか30年とはいえ、飛べないはずの未来へやってきたのは、なぜでしょうか。
作品内では、こう説明されています。
過去に飛ぶと、過去に存在した自分と出会う可能性があります。すると、対消滅という現象が起き、どちらも消えてしまう可能性があります。だから、マシンはそれを避け、 二人が同時に存在しない未来へと進路をとったのです。計算のできる限界(宇宙に放出されたりしないですむ限界)が、30年後だった、という仮説をオーディンが立てます。
しかし僕は、違う仮説を考えていました。誤差なく未来の座標が決められる限界が30年後までというのは賛成ですが、シドも過去へ戻るつもりはなかったのでは? と思えるのです。
シドも何億年も昔からやりなおす気なく、30年たてば人類もパンデミックが崩壊させた文明をある程度復興し、それなりの暮らしができていて、そこへ未来のオーバーテクノロジーを導入して、新世界の神になろうとしていた、という仮説です。もちろんこれは、作品に込めた作者の意図と関係のない僕の勝手な解釈ですけどね。
ともあれオーディンとフレイアは、まだ生き延びているであろうサラやエドやコーリング教授やジェニングスや、そして伯爵やらのいるであろう、ロンドンに向かって歩き始めます。
20巻+外伝1巻の作品ということに加えて、とても気に入った作品だったので、紹介がものすごく長くなりました。でも、それでもいくつかの見所は省略しています。例えは、イエスがユダに裏切るよう指示するシーンや、ルーとソブィアが死ぬ描写、各キャラの過去エピソード、マザーフレイアの最後とそのコピーとしてのフレイアの誕生、などなど、エピソードにしても絵による描写にしても、素晴らしいシーンが多数あります。
まだ手に入る作品ですから、重厚でスケールの大きなSFファンタジー作品をご希望の方は、是非、一読をおすすめします。
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