漫画パラダイス

読んだ漫画のレビューなど。基本的には所持作品リストです。

【 阿呆列車/内田百閒・一條裕子 】

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 名作といわれる小説の書き出しは、あちこちで引用されることか多いせいか、多くの人が知っています。例えば「国境の長いトンネルを抜けたらそこは雪国だった」といったフレーズですね。

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 知名度はこれに匹敵しないものの、鉄道旅行の随筆としては、これと同様に多くの人がその書き出しを、そらんじているはずの作品があります。

「なんにも用事がないけど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思ふ」

 それが、これです。

 これだけなら、ただの名文なのですが、「思ふ」と決意してからが大変なのです。ここに、この作品の面白さがあります。大先生にこんなことをいうのはナンですが、何が大変って、少しおかしい点です。それ、少しおかしいよねと思える思考の数々。そう、思考の数々があるから随筆なわけですが、それが尋常ではありません。尋常でないからこそ、この随筆が面白く、また深い所以なのでしょうね。

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 当時の運賃は、2等が3等の倍額、1等が3等の3倍額。そして筆者はどっちつかずの2等を嫌い、往路は1等、復路は3等ときめました。

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 これは、2等で往復するのと同じ料金になります。ここんところは、気持ちがわかります。僕だって同じことをするでしょう。
 しかし、ここからがおかしいのです。「さて、汽車賃の工面をどうするか?」と、考え始めるのです。つまり、どこから借金をするか、ということです。

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 用事がないのに鉄道に乗りたくてでかけるという心情は、わかります。これこそが、旅であるし、鉄道好きなら、なおさらです。しかし、50を越えたいい歳したおっさんが、借金してまで汽車に乗ります? それもただ、大阪へ(東京から)行って帰るだけですよ?

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 さらにおかしいのは、 「あらかじめ席を押さえといた方が、いいのでは?」と、思いつつも、「当日買う」と決めて、その結果、駅についたら各等級全て満席で乗れない、という事態になることです。

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 前売りを買うという発想がなかったのなら仕方ありません。しかし、あらかじめ買っとくべきではと思ったのに、どうして前売りを買わないと決めたのでしょう? 不思議です。 

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 さて、当日、窓口に切符を買いに行ったのは、ヒマラヤ山系という、半ば強引に同行させられた人です。ヒマラヤ山系は筆者がつけたニックネームで、確か平山氏ではなかったかなと思います。国鉄の職員ですが、百閒先生に呼び出されては、休みをとって同行します。百閒先生は一人旅がお嫌いのようです。

 結局、ヒマラヤ山系は売切で切符を買えませんでした。そこで、百閒先生は駅長室に行って「1等を2枚」と頼み込みます。なるほど、そういうコネを使いましたか。大物の作家であることが伺われます。伺われますが、 おいおい、と言いたくもなります。

 指定席には、オーバーブッキングや、国会議員などVIPが緊急に出張せねばならない、などの時のために、予備の席があります。おそらく、これにありついたものと思われます。
 席番まで決めて発行するのに、どうしてオーバーブッキングが発生するかといいますと、当時は台帳を使って手作業で指定席を販売していたからです。

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 阿呆列車と銘打った旅行記は複数あり、これらが順次、同タイトルで漫画化されました。 それが、この本です。

 原作随筆と同様に漫画も「なんにも用事が・・・」から始まります。
 原作が随筆ですから、思ったこと、感じたことをつらつらとしたためてあるのでしょうけれど、筆者が思考を巡らせてる時、そこが書斎であるのか、リビングであるのか、はたまたトイレできばりながらなのか、といったことまで、必ずしも原作随筆には書かれてないはずです。

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 旅先でも同様で、そこが旅館の客室なのか、玄関先なのか? 書いてあることも、いちいち書いてないことも、あると思います。
 さすがに乗り物に乗っている時は情景描写などあるでしょうけれど、さりとて必ずしも漫画の絵に使えるとは限りません。ならば、「どんな風景(絵)の中で、 それを考えてるのか」は、作画家の想像力によらねばなるまい、と思うのです。

 つまりこの作品を漫画化するのは至難の技では?

 至難の技でありながら、漫画にできているという現実。それは、原作がいかに面白いか、ということなのだろうと思います。

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 突っ込みどころ満載とも言えますが、優雅とも言えるこの作品、3巻まで発行されており、最終4巻は描き下ろしで出されるとのことですが、いつになることでしょう? 

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