【 失踪日記・失踪日記2アル中病棟/吾妻ひでお 】
具体的な始まりは、ある連載をほっぽって逃げ、友人宅に1週間ほど滞在して原稿に穴を開けたことのようです。1社だけ落としたのでは潔くないと理由をつけ、全ての仕事を休止、休養期間にはいります。そして、取材旅行と称して放浪、やがて取材費が底をついて、野宿生活がはじまりました。
季節は11月、これからどんどん寒くなってくる頃です。
野生の(どう見ても畑の)ダイコンを拾って(パクッて)食べ、やはり拾ったむしろと穴だらけのシートにくるまって、それでも飢えと寒さで眠れぬ夜が続きます。
寝具に腐った毛布が加わり、少しは寝れるようになりますが、どうやら飢えは改善されなかったようで、他のホームレスがシートの下に隠していたチーズをかっぱらいます。
シケモク拾いやゴミ捨て場漁りもはじまりました。
昼間だと目立つので活動時間を夜にし、ゴミ捨て場や畑荒しにいそしみ、キャベツに茎ワカメの細切れをビニール袋に入れて押し寝したら、漬け物になりました。
雨の日はさすがに辛いですが、お風呂マットに新しい毛布と、どんどん野営暮らしは充実してきます。食料確保に飲食店のゴミも加わるようになりました。きわめつけは、スーパーのゴミ捨て場。飲食店の残飯と違い、正味期限切れのものが未開封のまま捨てられています。りんご、弁当、惣菜、サンドイッチ、菓子パン、ケーキ、プリン、牛乳、ヨーグルト・・・。
食べきれずに腐らせて本末転倒なことになり、また太ったために帰宅したとき顰蹙をかったとか。
順調に思えた失踪生活も、終焉を迎えます。職務質問を受け、捜索願いの出ている人だということで、保護されるのです。奥さんが迎えにくるまでの間、色紙を買ってきた警察官からサインをねだられます。
4月になり、仕事にも復帰していましたが、また原稿を落として、逃げます。ホームレスのノウハウは既に身に付けていましたが、まだまだ発見はあるようです。
起床は4時。労働は2時間。めし、タバコ、デザート、酒代(自販機のつり銭忘れを回収)、読み物等を確保。お金も結構落ちているとか。
市役所のトイレで洗顔等をすませたあとは、公園でごろ寝しながら読書。洗濯物は木に架けて乾かします。
こんなことを続けていると、「おれんとこで働く?」と、配管工にスカウトされます。寝るところなども世話してもらい、肉体労働で身体もムキムキに。
しかし、人間関係(?)が行き詰まります。あっさり辞めて、することがなくなったので、また漫画を描き始めます。
展示即売会(と、いうことは自主製作同人誌でしょうね)やら、投稿やらをしてると仕事がくるようになった、というのですから、やはりプロの漫画家です。
「この頃は調子良かったけど、同時にアル中への道をまっしぐら」だったと書かれています。
この頃、少年チャンピオンで「ふたりと5人」の連載が始まります。えー! あの作品って、2度の失踪後だったんですね。わりと好きでした。
「ガキでか」「マカロニ」「ドカベン」「750ライダー」など、チャンピオンの黄金期です。「ブラックジャック」もこの頃ではないでしょうか? もう少しあとかな?
2回も失踪したのに連載をたくさん抱えて、また苦悩の日々。このような時に石森章太郎先生の「千の目先生」を原作とし、「好き好き魔女先生」として「テレビマガジン」に連載、また同作品は実写ドラマ化されていて、掲載紙がテレビマガジンですから、いわゆるメディアミックスの初期作品に位置付けられるのではないでしょうか。
テレビドラマ版のスタッフ(Wikipediaによる)欄に、キャラクターデザインとして吾妻先生の名もあります。
私は観たことないのですが、私か大好きだった推理作家、アニメ特撮脚本家である辻真先先生が携わっていたはずで、やはりWikipediaで見ると、脚本家のトップに名前があります。メインライターというか、今で言うシリーズ構成の役割も担われていたのではないかと。
あ、すいません。作品掲載順にあーだこーだ書いてたら、必ずしも時系列ではなかったようです。
「その直後、私はちょこっと人気が出た。SFマガジンにも描けて夢のようだったが、気がつくと原稿落としたり、うつと不安に襲われたり、失踪したり。家へ帰って、また失踪したり配管工したり、アル中になったりするのである。」とあるので、2回の失踪から戻って「ふたりと5人」を執筆したのではなく、「漫画家としての活動ネタ」と「失踪ネタ」は、時系列としては平行のようです。
本書はそのあと、アル中病棟編になるのですが、それはおそらく「失踪日記2アル中病棟」でさらに描かれてるので、詳細は省略。
身体からアルコールが抜けると正常でいられなくなり、酒を飲んで町を徘徊、公園かどこかのベンチで親父狩りにあって、公衆電話で妻に助けを求めたところタクシーでかけつけてそのまま病院へ直行、精神科に入院となります。
中でも壮絶だったのは、アルコールが切れると手が震え、かつ幻覚が出ることです。
しかし、壮絶なのは、そういった症状ではありません。それを回避するために酒を呑もうとするのですが、もう身体がボロボロで酒を胃が受け付けず、呑んでは吐き、吐いては呑むを繰り返すシーンです。
吐いていては、手の震えも幻覚も収まりません。何度も何度も呑み直します。ついには祈るような気持ちで呑み、ようやく胃に収まります。
と、流れだけ簡単に記して、次の巻に進みましょう。
「2」では、病棟での生活がレポートされています。
アル中でかつぎこまれて荒療治の時期はすぎ、病院内でしっかりと治療を受けている日々ですから、前作のような悲壮さはありません。
病院内には、様々なアル中患者がいて、その人たちとの悲喜こもごもな交流を通じて、アル中を、克服する過程が描かれています。
アル中で入院すると、こんなことになるんですよ、という、わかりやすい解説書の風格すら漂っています。
(205-813)