【 夢で逢いましょう/水原賢治 】
おそらく知名度ほぼゼロの作家さんです。そして多分「恋ヶ窪スケッチブック」や「紺碧の國」などの長編にでも出会わなければ、読者がこの作家に注目する事もなさそうな気がします。
この作品集「夢で逢いましょう」も、佳作の域にたっしているとはなかなか言い難いと思いますが、それでもトップに掲載されてる「NOIZE」は、おお! と思いました。
退屈している2人の女子高生(ここではわかりやすくするためにA子、B子とします)が、コードレスホンの裏コマンドを使って、ご近所のコードレスホンでなされてる会話を盗聴します。
この遊びにハマってしまったA子、このために徹夜までしてしまうのですが、カノンをバックに喋る男の声に、一目惚れならぬ一耳惚れをしてしまうのです。
コードレスホンの電波が届く範囲なんてたかがしれています。また、会話の中身から、その人の名前もわかっています。なので、同じマンションの郵便受けに書かれた名前を探すのですが、見つかりません。
A子はそれから毎日のように盗聴し、その男性の声を聴くのですが、常識的に考えれば、そんなにずっと電話ばかりしてるわけなどありえず、やがてその声は幻だったとわかります。が、それは後のことで、A子はどんどん幻に夢中になり、学校にも来なくなり、部屋からも出なくなってしまうのです。
いわゆる壊れた状態というのでしょうか、狂気に墜ちていく様がなんとも生々しく、「うーわー……」と、思わず呟かずにはいられません。
ふとしたきっかけで、その声の男性は、一番最初に盗聴したときこそホンモノであるものの、その直後に事故で亡くなっていることをB子は知り、幻にとりつかれたA子を救い出そうと尽力します。
そして、B子はA子の救出に成功するのですが、そのシーンが凄まじい。
受話器から聞こえる幻の声をオカズに、オナニーに耽っている姿がそこにはあったのです。
ちなみに、盗聴時に交わされた会話の中に、「なまら蝦夷」「とほ民宿」「とらべるまんの北海道」なんてのが出てくるのですが、ただでさえ少ない水原賢治先生の読者の中で、これらが何なのかわかってる人って、果たしてどれだけいるんでしょうかね?
え? 私ですか? はい、私は、全て存じ上げております。
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