【 紺碧の國/水原賢治 】
大学の文芸部が発行する同人誌に、3回だけ連載されて打ち切られた小説、「ZONE ー聖域ー」という作品があります。
発行部数も流通も限られた学生の同人誌に掲載されたその作品は、しかしいわゆる思春期にある中高生に絶大な影響を与え、同時に大人たちからは不評でした。
詩でも小説でもないただの散文。
そう評されたその作品に描かれるのは、次のような世界です。
今いるのは閉ざされた世界で、その外にこそ本当の世界がある。そこは聖域とされ、今いるこの世界を抜け出して、そこへ行くことはタブー。許されないこと。でも、若者はその本当の世界への憧れを募らせます。現実は虚構。作られた世界。本当のことは外にある。本当のことは、聖域にある。
カイが中学校の屋上へ行くと、そこには先客がいました。屋上のさらに上、高架水槽に登った彼女は、青空に発達してゆく積乱雲を眺めながら、何かの曲を口ずさんでいます。
少しの言葉を交わした二人は、自己紹介をします。
2年4組、浅田甲斐。
2年1組、羽木陽美子(ヒミコ)。
クラスでは、カイは陰湿ないじめにあっていました。同小出身のミチルと時雨(トキフル)は、それが納得いきません。「無抵抗主義を気取ったって、猿山の猿には通じない」と時雨は言います。時雨は喧嘩でカイにあばら3本を折られたことがあります。ミチルとカイは幼馴染みで、何度も守ってもらったことがあります。小学生の頃、カイはランドセルを背負った悪魔と言われていました。
私立中学に3人は進学したため、他の生徒はカイのことを知らないのです。
しかし、その日、ついにカイはキレました。いじめられているそのみっともない姿を、陽美子に見られてしまったからです。
時雨が止めに入った時には、いじめてた連中3人のうち1人、室山という生徒は、数ヵ所に骨折を負うほど痛め付けられていました。
室山は大怪我をさせられたものの、3対1の喧嘩だったこと、そもそも学校がいじめを知りながら放置していたことなどから、学校はことを穏便に済ませようとします。担任から「今日は自主的に休んでくれ」と頼まれたと、カイの家を訪ねた時雨は知らされます。
その頃、ミチルは放課後の学校で陰口を叩かれていました。それをたまたま耳にしてしまったのです。
不登校の鹿島亜理子(アリス)にクラスのみんなで何かできることはないかと学級会で募ったにもかかわらず、何も意見が出てこなかったので、みんなで彼女に手紙を書こうということに、ほぼ独断でミチルは決めたようです。(そういう表記はありませんが、彼女は学級委員なのでしょう)
それにたいして、かったるい、だの、工藤(ミチルのこと)さんが一人で決めるから誰も何も言えなくなる、だの。
自分がやりたくないから何も意見を言わず全部私に押し付けて、私だってアリスのことなんかどうでもいい! と、ミチルもまたキレるのでした。
その頃、時雨はカイの家で、カイから、大人になるとは諦めること、なんて話を聞かされていました。現実に則した妥協点を見つけてどんどん諦めていくうちに、僕たちはカラッポになっていくのだと。
一方ミチルは、合唱部で出場するコンクールで、ソロパートをやってくれないかという依頼を断り、アリスの家を訪ねます。そこは瓦礫などが庭に積み上げられている状態のまるで廃屋で、窓なども割れたまま放置され、本当に居住者がいるのか疑わしい家屋でした。でも、そこにアリスはいました。丸い蛍光灯を頭の上に掲げ、小さな羽を背中つけて、「アリスは天使になったの」と、彼女はミチルに告げます。
そこへ、アリスの母の悲鳴が轟きます。「わたしの天使はどこ?!」と。
帰らぬ父、気の触れた母、荒れ果てた家。全てを受け入れるためにアリスは天使になったのだとミチルは悟ります。
そしてカイは、「ZONE」という小説の事を時雨に告げます。ここより他にもうひとつの世界がある。忘れ去られた世界最後の楽園。それが自分の心臓にささった鏡のカケラの正体なのだと。
翌日、ミチルはアリスをつれて学校に来ます。しかし、アリスは制服ではありません。頭上に蛍光灯を掲げ、背中に小さな羽をつけた天使スタイルです。制服でないアリスを担任がとがめようとする機先を制して、彼女が不登校になったのは、「制服を着ないなら学校に来るな」と言われたからだとミチルがいいます。義務教育とはいえ公立ではありませんから、「わかってて入学したんでしょ?」ってことなわけですけど、さすがに不登校だった生徒がやってきたのに、すぐに追い返すわけにはいかなかったのでしょう。彼女の天使スタイルは黙認されます。
しかし、カイに代わるいじめの標的にされました。天使なら空を飛べるだろうとそそのかされ、彼女は屋上から飛んだのです。
幸い、命に別状はなく、軽い脳震盪ですみ、怪我すらなかった様子ですが、木に何度も引っ掛かりながら落ちたとか、ブッシュの上に落ちたとか、その理由は明かされていません。
現場に居合わせたミチル、カイ、陽美子が先生と一緒に病院まで来ましたが、カイとミチルは、止めることができなかったことも含めて、「誰が悪い」で口論になり、カイは、「誰かが悪いのではなく、「得体の知れない何か」と言い、陽美子が同意し、「それに挑める大きな力が欲しいね」と言います。
幼馴染みのミチルには理解できないそれが、出会ったばかりの陽美子とは通じあえる。そこにミチルの嫉妬もあったのでしょう。
その原因は、「ZONE」だと、時雨は言います。これを読むとものの見方がかわるからとミチルにも一読を薦めますが、ミチルは拒否。
それはそれとして、ミチルは時雨から知らされます。カイが連載中断の理由を知るために、大学の文芸部に向かっているところだ、と。
大学の文芸部では、部長がカイの対応にあたります。部長の言い分はこうです。
ZONEは小説としては稚拙。評価に値しない。
中高生の年代には心をとらえて離さない何かがあったようで、そういう問い合わせが多数来ててうんざりしている。
評価に値しないのに反響が大きいことに、教授をはじめとする上の人間はこころよく思っていなかった。
学外の人間が書いた作品でもあった。
カイは部長からの説明に納得いかないまま、追い出されてしまいます。カイが帰ったあと、部長は部員に「いいんですか?」と訊かれ、「いいわけない。自分で行ってて胸くそ悪い」と吐き捨てます。部長自身が大人の判断をしたことに、嫌気がさしているのです。
また、別の部員がカイを追いかけて、言います。あれは部長の本心ではない。周囲の反対にかかわらずZONEの連載を決めたのは部長なのだ、と。
結局、部長もまたカイを追い、ZONEの作者の住所を書いたメモをカイに渡します。
その住所を訪ねた先にいたのは、羽木陽美子でした。その事実に驚くカイ。また、自分の家を訪ねてきたカイに驚く陽美子。
でも、ちょっとここ、変なんです。白けさせるようで申し訳ないのですが、作者の連絡先をメモで渡すなら、「住所」だけでなく、「名前」も書きますよね。なので、カイはメモを見た時点で驚くのが普通でしょう。確かに部長は「ZONEの作者の住所」としか言ってませんが。
陽美子はZONEについて語ります。
彼女は心臓の病で2年間入院していました。だから、カイ達と同級生だけど年齢は2歳上。ZONEは入院中に書いた作品。
続きを望むカイに、陽美子は拒絶します。ZONEは反響は大きかったが、敵視する人も多かった。それは考えて書いたものではなく、感じたことをそのまま表現しただけ。自分の意思は介在していない。この先、どうなるかわからない。そんなものが大きな影響力を持つのは怖い、と。できることなら何でもすると申し出るカイに、陽美子はごめんなさいというのみです。
さて、コーラス部でソロパートを断ったミチルは、部内で気まずくなっていたこともあり、今回は「伴奏を担当する」と宣言して、1人でピアノの練習をします。その音を聴いた陽美子は、思わず足を止め、音楽室に入り、それがミチルの演奏だと知ります。CDかと思ったと言う陽美子。しかし、ミチルは、カイの方がもっと上手で、小学校低学年の時にはもう作曲を手掛けていたし、コンクールで賞をとるなどもしていたと説明します。
なぜ今はピアノを弾いてないのかという質問には、イカれた小説に洗脳されたからと答えます。ミチルはまだ陽美子がZONEの作者とは知りません。また、ミチルはカイが、ZONEのせいで人が変わったと考えてもいて、どんどんZONEに夢中になっていくカイを快くは思っていませんでした。
しかし陽美子は、カイにピアノや作曲の才能があると知り、あることを思いつきます。
それは、ZONEの曲をカイに作ってもらうことでした。小説の続きを書くかわりに、カイに曲作りを依頼。もちろん、カイは引き受けます。
陽美子によると、「ZONE ー聖域ー」は、必ずしも小説でなくてもよい。でも、自分は楽器もできないし音符も読めない。だから小説という表現方法を選んだ。小説と楽曲の両方で表現すれば、より、ZONEの世界が伝わる。それなら、小説の続きを書いても良いと判断したのです。
ボーカルは、コーラス部でソロパートを依頼されるほどの歌い手であるミチルに依頼しますが、彼女はZONEというものを、快く思っていません。必死で説得するカイ。ミチルは自棄気味に「その曲が気に入ったら歌う」と宣言して、席をたちます。
詞は既に陽美子により出来ています。メロディーもそうです。カイが初めて陽美子に出会った屋上で、彼女が口ずさんでいたのがそれです。
時雨がギターで加わり、カイは曲をアレンジし、楽譜に起こします。時雨がギターを始めたのは、小学校の頃に「カイがピアノなら俺はギターだ」と、カイに触発されたためと説明されています。教室に通ったとのことですから、それなりの腕のようです。尾崎豊も使っていたというオベーションのスペシャルモデルらしいです。南こうせつの使ってるモデルとは違うのでしょうか? 私には見分けがつきません。
ピアノもギターも、単音でメロディーを奏でることはもちろん、和音も出せます。最強の楽器です。アリスもボーカルで加わりますが、楽譜が読めないので、カイが口伝えで特訓したとのこと。
期末試験が終わった夏休み前のその日、ミチルは音楽室に呼び出されました。曲が気に入ったら歌うという条件を出していましたが、楽譜を一瞥しただけで「とりあえず通しで歌ってみよ」と言います。
少し前、「なでしこドレミソラ」での音楽表現は、擬音語ではなく、花や和柄や花火で、と書きました。「紺碧の國」では、文章で表現されています。これもまた良いですね。漫画はアニメと違い、音が出ませんから、音をどう伝えるか、作家さんそれぞれです。
彼らの演奏と歌声に、校庭の運動部の連中は動きを止めます。校舎内にいた連中は音楽室に集まって来ます。そして、歌い終えた時に沸き上がる歓声。ミチルも、「ZONE ー聖域ー」の力を思い知ることになります。
ネットを使って広めるために、カイは新たに大槻という男に協力を求め了解を得る一方、資金面の問題に突き当たります。
自前で用意できる楽器は、時雨のギター以外にはリコーダーだの鍵盤ハーモニカだの、要するに音楽の授業の教材のみです。音楽系のクラブ活動のある日は、学校の音楽室も使えません。
カラオケボックスで練習したりもしますが、中学生のお小遣いの範囲にかぎられます。
カラオケボックス(2F)の1Fにあるコンビニの店員さん。カイたちの「自分たちより年下?」というヒソヒソ話がきこえて、キレます。
いやこれ、むつきつとむ先生の「年上の魔女たち」のキャラではないですか!
ちなみに、何階がどういう店かという話は作品内には出てきません。「年上の魔女たち」の設定を僕が勝手に書いているだけですが、多分水原先生もそのつもりでしょう。模写か本人によるものかはわかりませんが、おそらくむつき先生本人による絵だと思います。
それと、もしかしたらですけど、たがみよしひさ先生の「軽井沢シンドローム」も意識した作品なのかな、とも思います。
アリスの口調は、軽シンの久美子風ですし、
こういう場所説明も軽シン風です。他にも何か仕込まれてるのかもですが、僕にわかるのはここまでです。
さて、カラオケボックスで練習中に、アリスはウクレレを取り出します。
母子家庭でしかも母親は病気なのに、金回りがいいねと指摘されれば、この有り様です。
アリスの祖父は、財閥のドンで、祖父はありあまるほどの小遣いをアリスに与えていました。
にも関わらず、廃屋のようなところでアリスが暮らしてるのは、出ていった父親が帰ってくるのならこの家だから、という理由です。
アリスのお金を使えば一気に資金問題は解決するものの、それは違うと感じたカイは、アリスの祖父に直接、資金提供を依頼しに行きます。アリスにやった金をアリスがどう使おうと自由だが、対等な立場で筋を通そうというのなら、資金提供の見返りは何か、とカイは問われます。
もちろん、カイ達にそんなものはありません。
大人に甘えなければ1円といえどもどうにもならない現実に、カイは打ちのめされます。
夏休みの日々は、普段学校へ通っているときよりも忙しいと、ミチルは感じます。昼は歌を歌い、夜は塾です。
これまでの日常との違いを彼女は気付くのです。どれだけ覚えたか順位を付けられ、落ちこぼれていく。それは、「いかに判らないか」を教えられているようなものだ、と。身の程知らず、何もできない自分、諦め。そして、現実と戦う力を奪われていくのだと。
ミチルはある日、両親の不仲に心を痛めていたクラスメイトのしのぶから、ミチルの歌に勇気をもらった、と告白されます。くじけそうになったら、また聴かせてねと言うしのぶに、ミチルはバンダナをプレゼントし、彼女の右手に「勇気の印」と巻いてあげます。このあたりが巧みなのですが、いつのまにかZONEのメンバーは、バンダナを右腕に巻くようになってたんですよね。絵を確認すると9話からなのですが、トレードマークとしてバンダナを巻こうなどと申し合わせるシーンなどは、どこにもありません。
後にマーターと称するファンが自然発生的に起こるのですが、彼ら彼女らがマーターであることを示す証しとして、またお互いをそうだと認識するアイテムとして、このバンダナが浸透していきます。
ミチルはアリスに、アリスの祖父にもう一度会わせてと頼みます。ミチルがアリスの祖父にどう言ったかは示されませんが、その後にカイはカイで再びアリスの祖父に接触し、可能性と夢を見返りとして資金提供をして欲しいと伝えます。この時、既にアリスの祖父は、ミチルに資金提供の約束をしていので、そのことをカイに伝え、とりあえずお金の心配はなくなりました。
「夏休みの打ち上げ花火」と題した第12話で、彼らはストリートライブを敢行します。ミチルは高級品そうなアコーディオンを手に、弾き語りをします。アリスはタンバリンを手にしており、どうやらウクレレは買ったものの練習はしなかったようです。時雨はギター、陽美子はリコーダー、カイは鍵盤ハーモニカです。
2001年から2002年にかけての作品ですが、もう少し後の時代だったら、カホンが登場してたかもなあと思います。いや、自分がカホンを叩く人なので、勝手に思ってるだけですが、そんな楽器の存在、2002年なら僕も知りませんでしたから。
このストリートライブは、あっという間に人垣を作ります。クラスメイトのしのぶも通りかかっています。
ZONEの曲は小説とともにHPで配信されていますが、まだしのぶはZONEを知りません。以前、学校で聴いており、それで勇気をもらったというのですから、今回で2度目でしょう。
メンバーはこのとき、ZONEのHPのチラシを撒きます。しのぶはその日の夜、アクセスをします。他の観客の多くも、そうしたことでしょう。
観客の中に雑誌記者がいて、カリスマミュージシャンのホールライブでも、なかなかこうはならないのに、ストリートライブに通りかかっただけの人々が、足を止め、引き込まれていく様子を異常だと感じます。とりあえずカメラにおさめますが、何かがこれから起こるのではと、雑誌記者の嗅覚がとらえたようです。
メンバーは、ストリートライブを行ってはビラ撒きを繰り返し、ZONEは予想外の早さで広がってゆきます。
ZONEが表現しようとしているのはおそらく、別の漫画「絶対可憐チルドレン」の言葉を借りれば「どこにだって行ける、何にだってなれる」であり、「銀河鉄道999」から借用するなら「時間は夢を裏切らない。だから、夢も時間を裏切ってはならない」でしょう。でも、それを支える根拠がありません。中学生は自分の力では1円だって稼げないのです。
だから、若年層には伝わっても、大人には理解できません。
大人になれば手に入るものもあるかわりに、亡くすものも多いのではないかという恐怖も彼らは感じています。でも、既にそれをなくしてしまった大人にはやはり理解できません。
メンバーは覆面して路上ライブをしているわけではありませんし、新学期になって登校すれば、ミチルは大勢の生徒に囲まれる人気者になってたりもします。しかし、大人たちには、ZONEの正体も意味も掴めないのです。
雑誌記者は右腕にバンダナをした若者を見つける度にインタビューを試みますが、「見てわからんやつは、聞いてもわからん」などと言われて、相手にしてもらえません。
渡辺カズヤというミュージシャンがパーソナリティをつとめる深夜ラジオで、ZONEの曲を流し、酷評します。
たまたまラジオを聴いたミチルがカイに連絡をし、カイもまたラジオのスイッチを入れます。メンバーは誰もラジオ局に曲を提供していませんが、ネット配信したものを勝手に流されたのだろうという結論になります。善後策を大槻とカイで協議しますが、公式見解は一切HPでアナウンスせず、ただ純粋に小説と音楽の配信だけを続けることで意見が一致します。
しかし、事件が起こります。
ZONEマーターであろう熱心な信奉者がラジオ局でかずやの出待ちをしていて、暴力による抗議を行い、かずやは全治2ヶ月の怪我を負います。
この事件がきっかけで、ミチルは「辞めたい」と言います。
もうすぐ新曲ができるので、それまではとカイはミチルをひき止めますが、新曲の発表ライブをラストライブにすることにカイも同意します。
場所は七里ガ浜。
朝、ホームページにライブの告知をして、メンバーは七里ガ浜へ向かいます。
ZONEに共感・共鳴した若い連中が続々と会場へ向かい始めます。
七里ガ浜では、協力者が何人も待ち構えていました。夏のシーズンを終え、解体作業中だった浜茶屋の土台がまだ使えるからステージとして使って欲しいという申し出や、音楽スタジオから機材を借りてきてセッティングを買って出る人まで現れます。
ガーディアンを名乗る、ファンクラブで言うところの親衛隊みたいな人達もかけつけてきます。その窓口役になっているのが、イジメの報復を受けて大ケガをした室山でした。
ステージにはコルグのシンセサイザーまで用意されました。
海岸線の道路は会場へ向かう人の列が途切れることなく続き、道路は大渋滞しています。
そして間もなく、開演の時間を迎えます。
こういう作品ですから、連載の途中から読み始めると、全く意味がわかりません。僕がそうでした。でも、ストーリーはわからなくても、何か訴えかけてくるものがあります。目が離せなくなるのです。たまたま目にしたのが連載の途中なら、最初から読みたくなります。
雑誌休刊でやむなく作品も完結。それなりにまとまってると感じたのですが、筆者あとがきによると、いよいよここからが本編、とのことです。
アワーズライト誌に休刊時に掲載されてた作品の中で、特にお気に入りなのが4作品ありまして、そのうち3つは移籍したのですが、この作品だけが取り残されてしまいました。
このレビューの中で、ZONEという作品世界がどういったものなのか、勝手な解釈を僕はしていますが、本当にそんなんでしょうか?
作者がそれを明言するかどうかは別として、本当の完結まで読んでも、僕の勝手な解釈に変化はないのか、あるいは、変化していって、別の何かを感じとるのか、それは確かめたかったですね。
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