漫画パラダイス

読んだ漫画のレビューなど。基本的には所持作品リストです。

【 海街diary/吉田秋生 】

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 鎌倉で暮らす香田(こうだ)三姉妹の下に、異母妹が越してきて、四姉妹として過ごすことになります。
 長女、幸(29、看護師)。次女、佳乃(22、信用金庫勤務)。三女、千佳(19、スポーツ店勤務)。この3人に、四女として、すず(13、中学1年生。姓は淺野)が加わります。
海街diary」は、この4人の物語です。

 三姉妹だけで暮らしているのにはわけがありました。父は15年前に家族を捨ててとある女性と逃げました。その女性には先立たれるのですが、その人との間にも娘を1人もうけました。それがすすです。
 その後、父は2人の連れ子のいる陽子という女性と再々婚。その父は病で亡くなり、3姉妹がすずを引き取ることになったのですが、それは葬儀後の話。

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 ある日、長女の幸は音信不通だった父の死を知らされます。葬儀日程が夜勤(看護師なので)シフトの直後だったことや、葬儀と言われても自分たちを捨てた父に今更手を合わせる気にもなれず、父の記憶がほとんどないはずの次女の佳乃と三女の千佳に葬儀の参列を任せることにして、父が再々婚相手と晩年暮らしていた山形に2人を送り出しました。

 しかし、到着早々、陽子とその叔父を名乗る人物から、陽子のその連れ子のために相続放棄をしてくれと言われます。佳乃がそのことをメールで幸に報告したため、幸は夜勤を終えて葬儀会場にかけつけてきました。葬儀のために遠方から駈け付けた者に対して、葬儀も始まら無いうちから、それはないだろうという想いです。

 葬儀の会場では、もともと自分のことで精一杯なたちの陽子は、落ち込んだり取り乱したりするばかり。ついに、喪主挨拶まですずに押し付けようとする始末です。さすがに喪主挨拶を中学生にやらせようという陽子とその叔父に、幸は異議申し立てをします。挨拶は陽子がすることになりましたが、この時すでに、幸は見抜いていました。看病という点でも陽子はほとんどなにもせず、すずに任せっきりだったに違いない、と。
 そこに他意はなく、余命いくばくもない親族を前に様々なことに思いをいたすことができず、自分のことで精一杯になってしまうような許容量の少ない人がいることを看護師を職業とする幸は知っています。陽子もまたそうなのだと幸は言います。

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 葬儀を終え、幼い身で色んなことを抱え込んでこなしてきたすずを幸はねぎらい、謝意を伝えます。あれほと気丈に振る舞っていたすずはその時、初めて号泣しました。

 駅まで見送りに来てくれたすずに、幸は言います。「鎌倉に来て、一緒に暮らさない?」
 即答しなくていいという幸に、すずはすぐに返事をします。「行きます」と。
 こうして四姉妹の物語は始まります。

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 四十九日を終え、すずは鎌倉にやってきました。「もう妹なんだから、ちゃん、は付けない」と呼び捨てにする幸にすずは嬉しそうな笑顔をみせます。
 三姉妹は基本的にいい人ですし、すずも素直で芯の強い子ですから、四姉妹の生活は平穏にスタートします。
 透明感と静謐さの溢れる作品の雰囲気や、登場人物の優しさがきめ細かく描かれるせいもあって、ネットにあがってる個人のレビューなどでは、「取り立てて大きな出来事もなく、淡々と静かに描かれている物語」のようなものも見受けられますし、印象としてはその通りなのですが、実はそうではありません。ドロドロした部分も含めて、相当色んなことがあり、人間臭さもかなりのものなストーリーが展開します。

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 すずの引っ越しには、千佳の勤務先であるスポーツショップの店長、浜田が手伝いにきてくれました。
 葬儀の前日に千佳はアフロヘアーにしてしまったのですが、みんなの前に現れた浜田がこれまたアフロ。千佳が店長の髪型を真似たんですね。これで2人がどうやらデキてるらしい、ということになります。
 浜田は登山家で、マナスルにも登ったことがあると言えば、「近いね。東海道線でぴっ、」「それは真鶴(まなづる)!」というボケとツッコミが展開されますが、真鶴って、通じます? 僕はわかりましたけど。

 恋人といえば、次女の佳乃が朋章という男と付き合っています。佳乃は「外資系銀行のOL」、朋章は「大学生」とお互い嘘をついていました。佳乃の勤務先は地元の信用金庫ですし、朋章は高校生です。佳乃のいる信用金庫へ朋章が高校の制服を着て現れ、お互い嘘がバレてしまいます。朋章はタバコも吸うし、2人は酒場でデートなんかもしていました。これがきっかけで、2人は別れることになります。

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 そして、すず。山形に移り住む以前住んでいた仙台では、強豪のジュニアサッカーのチームに所属していました。山形ではサッカーはしていなかったようですが、鎌倉では「湘南オクトパス」というチームに入りましす。少年サッカーのチームですが、中学生までは女子も入部できるのです。このチームは浜田が店長をしているスポーツマックスからも支援を受けていて、また幸が勤める病院の理学療法士のヤスが監督であるなど、色々と地元密着です。

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 練習中にキャプテンの多田裕也が怪我をします。その怪我は大したことが無かったのですが、行った先の病院で足に腫瘍が見つかりました。膝の下から足を切断することになります。
 裕也に代わって、風太(すずのクラスメイトで、同じく湘南オクトパスの選手)がキャプテンに指名されます。

 すずが四姉妹の一人として馴染みはじめた頃、思わぬ場所で朋章を見かけたことで、すずの朋章詮索が始まります。朋章の事情や想いをすずは知ることになります。また、裕也のお見舞いに病院へ行くと、みぽりん(湘南オクトパスのチームメイト。ゴールキーパー。中学までは女子も入れるとは言うものの、男子との体力差が顕著になり辞める人も多く、現在女子はすずとみぽりんのみ)と鉢合わせし、裕也が好きなみぽりんとの間に、微妙な空気が流れます。
 これはすぐに解消するものの、今度は同じチームメイトの風太とすずが付き合っているというデマが流れたり、そのことで風太がすずを意識するようになるなど、恋愛に関することもあれこれあります。

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 裕也は足の切断手術と、義足をつけてのリハビリを終えて退院、サッカーの練習にも復帰しますが、思うようにはなりません。裕也はもともとパワープレイヤーではなく、テクニックを駆使したプレイスタイルです。義足でのボールコントロールには限界があります。

 本人はもちろん落ち込み、葛藤しますが、チームメイトにとってもそれは同じです。復帰した裕也に、取り巻きは「がんばって」と無責任な檄を飛ばしますが、「言われなくたって、裕也はいやというほどもう頑張ってるんだ」と、風太もすずも怒りを覚えます。次の日から、裕也は練習に出てこなくなりました。

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 そして、場面は変わって、物語は、桜のトンネルのシーンです。肉屋で出くわした徒歩のすずを、自転車の風太が後ろに乗せ、桜のトンネルを走り抜けます。映画でも見せ場だったシーンです。そういえば冒頭に佳乃と朋章のベッドシーンがあるのも、映画は原作漫画に倣っていました。山形のシーンでも、向こうの山並みが海だったら鎌倉に似ている、というのがあり、映画では実際にそういう場所を探しまくったそうです。監督がいかに原作をリスペクトしてるか、よくわかる逸話です。
 もっとも映画と漫画では、主人公だけは異なっており、映画では幸(長女)、漫画ではすず(四女)です。ただ、漫画は掲載回によって誰にスポットがあたるか変化していきますので、四姉妹それぞれが主人公ともいえそうです。

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 幸田家では梅の収穫の時期になり、すずのチームメイト風太や将志も手伝いに来ました。そこへ、大船の叔母さん(亡き祖母の妹)から、幸に電話がかかってきます。母が祖母の七回忌に来るとのことです。父と同様、母も子供たちをおいて、男を作って、出て行っていたのです。一周忌も三回忌も顔を出さなかったのに、どうして? と悪い予感がする幸。そして、その通りになりました。
 金が必要になったためというのは後から明かされますが、母は鎌倉のこの古い家を売るというのです。しかしここには、現に四姉妹が住んでいます。幸と母は激しい言い争いになり、母は「大本の原因は父が女をつくって出ていったからだ」と叫び、その女と父との娘であるすずは酷く傷つきます。

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 物語は同時進行で、幸の病院での出来事が描写されていきます。
 理学療法士でサッカーチームの監督であるヤスから、すずの進路の相談をしたいと打診された幸は、一人の少女を養い育てることの重責を感じたり、顔を出した先輩看護師(退職している)に、妻と別居中の小児科医と不倫していることを告白したりします。
 自分の父親は女をつくって家をでているというのに、自分もまた既婚男性(別居中とはいえ)と男女の関係に陥っているのです。

 叔母の取り持ちや叱責もあり、夜勤前で家に1人でいた幸のところに母がやってきて、一緒に墓参りをしたり、浸けた梅酒をおすそわけしたりして、幸と母は表面上は大人の対応をします。しかし、駅へ母を送る幸の心の澱が消えたわけではありません。

 黒い服を着る機会は続きます。四姉妹の父の一周忌です。4人は山形に向かいます。そこで知ったのは、3人目の妻だった陽子は新しい男と別の地で暮らしており、一周忌には顔も出さないということでした。
 叔父さんから施主を依頼された幸は淡々と引き受け、そして、こなしますが、すずは「酷い!」と怒り、そして傷つきます。父の末期、入院中もなにかと理由をつけては病院へ行くことを拒み、ほぼ全てをすずに押し付けていたことが、幸の推測ではなく、すず本人の口から語られます。母が父の一周忌に顔すら出さないことに、幸が一緒になって怒ってくれなかったことが、すずの傷心に輪をかけます。すずはその場を飛び出して行ってしまいました。
 さらに陽子は、2人の子のうち1人を叔父に預けており、新しい男の子供を身籠ってもいるらしいとのこと。なんかもうトコトン最低な女として描かれています。比して父は、町の人たちから親しまれ、いい人だったようです。

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 飛び出したすずを千佳が追いかけて、本当は幸が一番アタマにきてるんだと、すずをなだめます。嫌なことだからとバックレて済まそうとするヤツが大キライだから、と。
 陽子が置いていった息子や幸とも往来で会い、一緒にお墓参りをするなど、すずの気持ちも落ち着いてきます。

 山形から鎌倉に戻ると、すずと、その周辺に、色々な変化が訪れます。
 幸の不倫相手の小児科医は、奥さんと正式に離婚し、幸の恋は不倫ではなくなるものの、小児科医からは、アメリカへ勉強に行くことにした、と告白されます。「一緒に来て欲しい」と言われますが、幸は新しく開設される緩和ケア科への異動を打診されていたこともあり、一緒には行かない決意をします。事実上の決別となります。

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 裕也に彼女がいることを知って、すずは失恋。その裕也ですが、試合形式の練習で、慣れてきたとは言え、スポーツ義足の限界を感じます。ほとんどのメンバーは、もうかつての裕也には戻れないんだと落胆します。しかし、風太だけは、裕也が早々に右足を見切って、利き足ではない左足を使い始めたことを見抜いていました。この頃からすずの風太を見る目が変わりはじめます。
 誕生日にプレゼントをしたり、後にはクリスマスにプレゼント交換をしあったりと、距離を縮めていきます。それは周囲も本人達もわかっているのですが、なかなかビシッと告白して付き合い始めるところには至りません。

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 裕也は身体の成長とともに義足が合わなくなり、せっかく慣れた義足を交換しなくてはならなくなりました。また一からやり直しです。しかも新しい義足がイマイチ合わないようで、それが原因で練習に顔を出さなくなり、ついにみんなの前から姿を消します。
 最悪自殺? そんなことも考えざるをえない状況で、すずや風太始め、裕也を探しますが、見つかりません。裕也は結局、誰とも顔を合わせたくなくて、スポーツマックスの試着室にとじ込もっていました。アフロ店長に見つかって言葉をかけられ、店長もまた身体の一部が無いことを知ります。エベレストに失敗したとき、凍傷で足の指を左右3本ずつなくしていました。そんな店長だけが裕也の気持ちに寄り添うことができたのです。おかげで裕也は気持ちの平静を取り戻します。

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 裕也の気持ちが復活したところで、物語は新展開。ただでさえ関西弁なのに、輪をかけて口の悪いマスターが経営するカフェ「山猫亭」と、アジフライが絶品の大衆食堂「海猫食堂」が登場します。
 山猫亭には、すずの記憶にあるメニューがあり、父と母が2人でここを何度も訪れ、その味を再現して、食べさせてくれたのだろうと過去を振り返ったりします。一方、海猫食堂のおばちゃんが体調不良で、幸の勤務する病院で診察を受けており、手術することになったようです。

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 幸が緩和ケア病棟に移ることもあり、これってガンかなにかで、物語に絡んでくるのかななんて読者は考えることになりますね。

 本編の進行には関係ありませんが、佳乃(信金勤務)とその上司が外回りで訪れた融資先の町工場の名前が「泥沼製作所」で、ネーミングセンスがナニワ金融道でした。もちろん、借金苦に苛まれています。ナニワ金融道だけでなく、終盤にはあっちょんぶりけや、ひょうたんつぎも出てきますよ。

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 この辺りから、物語はまた新たな展開をみせます。すずの母の妹と名乗る親戚から、コンタクトがあります。祖母の遺品を整理していたら、すず名義の通帳が出てきたので渡したいとのことでした。
 すずの母は妻子ある男性を奪って逃げたわけですから、それ以来、実家とは縁がきれています。そのため母方の親戚から連絡があるなんて、すずにとっては「いまさら」という感じです。

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 人の生き死ににお金は付きものと佳乃は言います。確かにその通りなのですが、さすがにこういうことばかりだと、うんざりしますよね。重い気持ちのまま4姉妹は金沢へ。
 しかし思いもよらず、すずの母の妹は気さくでいい人だったのです。叔母は状況を説明します。
 母(すずの祖母)は、すずが生まれたと知ってすぐに、すずのために通帳をつくり、兄を通じてわたそうとしたそうです。でも、姉(すすの母)は受け取ろうとしませんでした。
 本人の手から渡そうとしなかったのは、許さないことで筋を通そうとし、姉が受け取らなかったのも、許されないことで筋を通そうとした。
 そう叔母は説明します。
 この場面は、海街diaryの大きな見せ場のひとつです。

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 その後も目まぐるしく状況が変化してゆきます。
 まず、裕也。左足を使った練習に励み、成果が現れだしたにも関わらず、無理をすれば右足の切断面に潰瘍ができる可能性があるということで、サッカーチームオクトパスの退団を決意、風太に打ち明けます。スポーツ医療の道へ進みたいから勉強に専念する、とも。
 海猫食堂のおばちゃんは、突然連絡してきた弟から、母の遺産を寄越せと言われ、信用金庫に勤める佳乃とその上司に相談をもちかけます。その海猫食堂で、サッカーチームのみんなが食事をするのですが、この時、すずは通常では使わない強力な鎮痛剤を拾います。おばちゃんがエプロンのポケットから落としたものと判明し、薬は持ち主のもとに戻りますが、すずには見覚えのあるものでした。亡き父が末期に服用していた薬です。看護師である姉の幸に訊くと、通常の胃潰瘍では使わない薬だとか。幸からこのことは伏せるように言われるすず。
 海猫食堂のおばちゃんは相続問題に頭を悩ませながらも、病状は回復しないと悟ったのでしょう。幸の勤める緩和病棟に入院する準備を進め、海猫食堂は閉店します。

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 幸は緩和病棟に異動して主任に昇進、千佳もスポーツマックスでフロアマネージャーとなり、佳乃は相続の案件で仕事を家に持ち帰るなど、それぞれ仕事にも変化が訪れ、すずは進路決定のための三者面談が近づいてきました。女子サッカー部のある高校を選ぶのが、地元に進学するのか、まだ結論は出ません。
 風太は、裕也に退団を思い止まって新人の指導にあたって欲しいと依頼、裕也はそれを引き受けます。風太自身もキャプテンとしての自覚を強めます。
 若い子が前を見て歩き出そうとする一方で、海猫食堂のおばちゃんは息を引き取りました。
 佳乃は相続問題、幸は終末医療、それぞれの立場で海猫食堂のおばちゃんと関わったわけですが、こちらもひとつの結末を迎えることになりました。

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 ある日、幸は自分の胸の異常に気づいて乳ガンの疑いを抱きますが、勤務先と異なる病院で検査を行い、良性と判明。少し心穏やかになって、ヤスとのデートに応じます。

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 すずの母方の実家は金沢にあり、母の妹はすず達に好意的ですが、こちらも相続問題がからむと、そうでない人達もいます。権利者が一同に会さないと話が進まないとのことで、すずの保護者として姉たちも一緒に金沢に向かいます。
 金沢ではそれぞれ嫌な思いもしますが、新しい出会いもあり、美大生という従兄弟とも親しくなり、すずの世界は広がってゆきます。
 ただ、進路の悩みは尽きません。
 女子サッカー部を新設するという高校から、ヤスを通じて特待生の話がすずに届きます。でも、すずは結論を出せないでいます。

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 山形での父の葬儀のとき、幸から「鎌倉で一緒に暮らそう」と誘われたとき、すずは即決しました。でも、サッカー特待生の話には、飛び付くことにためらいがあります。
 山形には居場所がなかった。悩む時間も選択肢もなかった。今は悩む時間と選択肢がある。それを良きことと捉える優しい人々に見守られながら、すずは自分で考えて結論を出すよう促されます。

 漫画の中の表現とは異なりますが、すずは鎌倉にきてようやく、「自分はここに居ていいんだ」と感じたのだと僕は思っています。女子サッカー部のある高校は通える範囲内にはありませんから、寮に入ることになります。それで鎌倉の居場所を失うわけではありませんが、悩む余地があるのを示すことで、それもまた幸せのひとつの形と作者は主張しているのでしょう。

 控え気味に僕も書いてますし、作品もドロドロした表現はさけつつ遺産相続ネタが展開されています。でも、お金を巡る人の汚い部分はちゃんと露にされています。一方すずには、父や祖母から残されたお金があり、おかげで進路を制限されたりはしません。お金の有り難さも同時に表現されているのです。この作品に透明感というか清涼感というか、そういったものが感じられるのも、そうした部分によるものも大きいと思います。

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 4姉妹それぞれの恋愛模様も変化していきます。すずは相変わらずサッカー特待生を受けるかどうかで悩んでいましたが、風太の言葉がきっかけで、サッカー特待生として進学することを決意します。このやり取りの中で、2人は気持ちを確認しあい、そして、強めてゆきます。
 ヤスも幸に告白します。これがいいんですよね。「もうわかってると思うけど、おれはあなたが好きです」
 それに対する幸の返事、その後のやりとりもなかなか良いです。
 信用金庫の課長と佳乃が付き合い始めるには、山猫亭のおっちゃんの一言が必要でした。課長はこれまで、都市銀行のエリートコースをすてて地方の信用金庫に転職した理由を誰にも語りませんでした。でも、ふとした話の流れで、山猫亭のマスターに言ってしまいます。
「あんた、話す相手、間違うてるのと違うか? あんたとこのべっぴんさん、話聞く言うてくれてはるのやろ?」
 佳乃のことです。そして、山猫亭のおっちゃんは、自分の話をきいてくれると言っていた人はもういない、と告白します。それは、まさしく慟哭でした。このシーン、おっちゃんの後ろ姿が連続します。
 そのようなわけで、佳乃と課長もお付き合いを始めます。どちらのカップルも、ずっと以前からいい雰囲気でしたから、なるようになった、という感じです。
 そして、千佳。スポーツマックスの店長は、エベレスト登山の時に世話になったシェルパの訃報に接し、当時の仲間たちと現地へ行くことになりました。千佳はそれを見送ります。
 修学旅行から戻ったすずたちは、幸田家の梅の収穫に参加、みんなが帰ったあと、すずは後片付けをするのですが、そのとき、ゴミの中に封を切った妊娠検査薬を見つけます。
 その後すずは、千佳が「安産」のお寺へお参りするのを見てしまいます。妊娠検査薬を使ったのは千佳でした。
 スポーツマックスの店長がヒマラヤへ行くのは2週間。それをなぜか帰らぬ人を見送るような表情をしてたのは、妊娠していたからなのでしょう。

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 すずや風太など3年生にとって最後のリーグ戦が始まりました。初戦を勝利で飾ったオクトパスが山猫亭で祝勝会をしてるところに、ネットでアフロ店長の動画が届きます。髪型はすでにアフロではなく、短髪でスッキリしています。仕方ないので今後は、浜田店長と記しましょう。スッキリしてるのは髪型だけてなく、メタボ体型も解消されていました。今回は弔問でしたが、本格的に登山を再開するようです。ただし、足の指を無くした時と違い、登頂メンバーではなく、サポートにまわるようです。

 千佳もアフロをやめ、オードリーヘップバーンの髪型を模しています。似合うと言う人もいますが、「昭和のオバハン」と酷評する人もいます。

 一時帰国した浜田店長は、エベレスト遠征の準備を始めます。すずは風太の高校受験の合格祈願、千佳は店長の無事を祈って神社にお参りに行きますが、急に暑くなったこともあり千佳がダウン。配達中だった風太の兄に送ってもらって病院へ。そして、周囲に妊娠がバレてしまいます。

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 千佳と一緒に行動していたすず、病院のナースである幸、課長と一緒に外回りをしていて風太から話をきいた佳乃が千佳の病室に集まってきます。
 そこでみんなは、千佳が妊娠を浜田店長に告げてないことを知ります。千佳はエベレストに専念させてあげたかった、心配かけたくなかったと言いますが…。幸は「そういう大切なことを言ってもらえない方が傷つく」と指摘します。これは説得力ありましたね。僕は読者として「千佳の気持ちもわかる」という想いでしたが、この台詞には「そりゃあそうだ」って思いました。
 浜田も千佳のもとにかけつけてきました。この時、千佳の妊娠は知らされていましたが、まだ本人の口から妊娠を告げられてはいません。佳乃は「流産するかしれないと言われていたので、言い出せなかったんだって」と、ナイスフォローを入れます。

 浜田と千佳、2人が残された病室で浜田はプロポーズし、幸田家にも「お嬢様を下さい」の挨拶にいきます。母親のかわりに大船の大叔母さんが同席して、ああだこうだと言われますが、許しを得ます。このシーンは緊迫感満点に描かれてはおらず、「それは、こうだったのよー」と、その場に居なかった人へ様子を伝えるという形で描かれます。こういう演出がこの作品をドロドロさせないんですね。しかも、大切な部分だけをクローズアップすることになるので、読者にはかえって強く伝わってくるのです。そこで浜田は、大切な人の妊娠を知ってもなおエベレストへ行くのは何故かということを語ります。ここもまたこの作品の見せ場です。しかも、その大切な場面は、見開きでも大ゴマでもなく、ありふれたサイズのたったひとコマです。

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 その後、二人は婚姻届を出し、入籍します。また、すずは幸と一緒に進学先の高校へサッカー特待生の説明会に出かけます。

 そして、物語はついにラストスパートです。ヒマラヤは、悪天候による通信回線の不調で、浜田達と連絡がとれなくなります。
 遭難かと危ぶまれましたが、通信が回復して、無事が確認されます。
 4姉妹のそれぞれの成長や「これから」が示されるだけでなく、金沢にいるすずの従兄弟の直ちゃんや、山猫亭のマスターの昔のことと、未来(遺言)のことなども描かれます。最終9巻の主役って、山猫亭のおっちゃんやんかと思えるくらい、彼のことが濃く描かれています。

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 そしてラスト、これまでにない凛々しい表情ですずは、風太に見送られ、進学先の寮に入るべく、出発します。

 海街diaryが完結して、最終9巻が出たことは知っていましたし、入手もしてたのですが、1巻から改めて読み直してみました。
 映画になったときは第2作も期待しましたが、今は「無くていい」という気持ちです。漫画で完結して、もうこれで十分、みたいな。

 でも、おそらくすず達にはまた会えるでしょう。「ラブァーズキス」「海街diary」、そして次作で「鎌倉三部作」となるそうなので、そのどこかに登場することでしょう。



★★華麗なる脇役紹介★★

幸の恋人で理学療法士でオクトパスの監督、ヤス(上)。
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山猫亭のおっちゃん(左)
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生臭坊主のノエル(右)
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すずの従兄弟、金沢の美大生、直ちゃん
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山猫食堂のおばちゃん
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ナースのアライさん。ドジナースなのだけど、妙に患者に寄り添うのが上手。しかし、名前だけで姿を描かれたことはない。最後にやっと登場するも、顔が切れている。
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すずのことを我が娘のように気にかけてる金沢の十和子叔母さん。この人のおかげで、金沢での滞在が重苦しくならずにすんだ。
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メタボなスポーツマックス店長と、トレーニング後の店長。
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元海猫食堂パートで、閉店後はレシピとともに山猫亭にやってきた押し掛けパートのミドリさん。カフェだった山猫亭がおかげで徐々に大衆食堂化してゆく。
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