【 恋ヶ窪スケッチブック/水原賢治 】
中学校の学園ライフとクラブ活動、そして恋愛が描かれています。350ページほどが1冊にまとめられた太いコミックスです。
都築めぐみと、早川泰助は、隣同士に住む幼馴染みで、かつライバル。何のライバルかというと、「かけっこ」です。二人とも運動神経に優れており、サッカー大好き少年の泰助は当然サッカー部に、めぐみも何らかの運動部にはいるものと目されていました。
ところが、体育館に集められた新入生が退屈なクラブ紹介にうんざりしたところで、演劇部が目の覚めるような小劇を披露します。部長の吉良のカッコ良さにくらくらしためぐみ、演劇部に興味を持ちます。
しかし、泰助は納得しません。めぐみは運動部に入るべき逸材だと考えていたからです。
二人はどのクラブに入るか、勝負で決めることになります。泰助が勝てばめぐみは運動部へ、めぐみが勝てば泰助は演劇部へ。そんな賭けが成立してしまうのが、なんとも不可思議ですが、そこはライバル同士の意地の張り合いとでもいうべきものでしょう。サッカーのPKで勝負をすることになります。
勝負はめぐみの勝ち。ただし、泰助が手加減をした結果でした。
演劇漫画ではなく、青春学園ものなので、熱血演劇一直線な構成ではありません。しかし、どんな劇をするかは示されます。
とまあ、こんなお話なのですが、こういう物語を選んでくるところが、水原先生の感性なんですよね。詩的で純文学的な香りが漂うように感じてしまう僕の受け取りかたが、一般的なのか、ただの依怙贔屓なのかは、わかりません。うっすらとミステリアスで、それでいて奥深くに本質が潜んでいるような、そんな感じが大好きなのです。
漫画の展開そのものは、ややもすれば間延びを感じさせる所もあります。青春学園ものだから、そういうシーンもいれたんですよね、みたいな。
ただ、そんな中にあっても水原流詩的漫画表現が、絵と短文で示されます。
なんページか、ご覧いただきましょう。無理矢理厚い本を広げてるので、ちょっと歪んでいるのはお許しください。
このタッチで、短編エロ漫画なんかも描かれるので、ちょっとたまりません。
恋愛模様はなかなかうまくはいきません。
泰助はめぐみのことがずっと好きなのですが、めぐみの気持ちは吉良先輩に奪われています。その泰助に、同級生の姫野知佳は惚れています。
恋のベクトルはみんな別々の方向を向いているのです。
そして、事件は起こります。めぐみは泰助が、クラブ活動をかけた勝負で手抜きをしたことを知ってしまい、裏切られたと感じるのです。ずっとガチだったからこそ、幼馴染みでライバル、という関係が成立してたわけですから。
明言はされてないものの、泰助はめぐみと一緒にいたくて、演劇部という同じクラブ活動をしたくて、手抜きをしたのでしょう。でも、めぐみはお情けで勝ちを譲られたんだと受け取ります。しかも、大好きなサッカーを捨ててまで。
実は泰助は、クラブ活動とは別に、少年サッカーのチームにひそかに入っていました。
こうすることで、大好きなめぐみと一緒にいることと、大好きなサッカーを続けることを、両立していたのです。
それを知って、一時期絶交状態だっためぐみと泰助は、少し大人になって理解しあうのでした。
さて、肝心の演劇ですが。
文化祭で発表をするのですけど、その文化祭はタイミング悪く、二人が絶交状態の時に本番を迎えます。
しかも、めぐみが舞台上でコケるという失態をおかします。このままでは、芝居が台無しになります。
これを本来のストーリーに戻すため、泰助のリードで二人はアドリブに突入します。
僕は演劇は数えるほどしか観たことはないのですが、不思議と「ここはアドリブだな」と、わかるものです。また、「いま、本筋にもどった」というのも、わかります。観客はほぼ例外なくこのアドリブのオンオフを理解してて、客席の空気まで変わるんです。アドリブって、舞台の醍醐味のひとつですよね。役者にとっても、観客にとっても。
お芝居も無事終えて、その後、誤解もとけ、めぐみと泰助の物語はハッピーエンドで幕を下ろします。
(227-904)