漫画パラダイス

読んだ漫画のレビューなど。基本的には所持作品リストです。

【 シーラント/矢野健太郎 】

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 ジャンルでいえば、サイコホラーでしょうか。ある日、会社員の杉田の元にシリコン製の精巧なダッチワイフが届きます。仕事中に迂闊に席を離れた瞬間に誰かの悪戯でダッチワイフのオークションページをPCに表示されてて、つい注文してしまったもののようですが、杉田は何かと言うとちょっかいを出してくる同期入社の坂巻という女子社員のしわざだと思いこんでいました。
 杉田と坂巻は同期入社で、当初勝手に杉田が坂巻を先輩と思い込んでいたようです。男女を意識せず、そこそこ気が合うようで、なにかにつけて坂巻は杉田に絡んできます。一度だけ成り行きで寝たことのある2人ですが、「1度寝たからって、調子にのるな」的なことを、お互い口にしていたりします。ただ、読者としてひとこと付け加えるなら、坂巻というOLは、矢野先生の女性キャラの中では、かなり上物です。

 ところで、きっかけがイタズラ(と、思い込んでいた)とはいえ、杉田がこのダッチワイフを購入したのには、わけがあります。別れた恋人の友香にそっくりなのです。

 会社から帰宅した杉田は、ベッドに裸で放置していたダッチワイフが、埃だらけになってるのに気付きます。シリコン製のためか静電気によるもののようです。浴室で洗おうとして、そもそもこのダッチワイフが中古(オークション)ものであることに思い当たり、「まず洗うべきだった」と判断するのですが、その浴室で足を滑らせ頭を強打します。そして、そこからダッチワイフとの会話が始まります。
 そのダッチワイフは主張します。自分はダッチワイフなどではなくラブドールだと。そして、杉田のことをご主人様と呼びます。杉田は頭を打ったために気絶してそんな夢を見ているのだと理解します。
 その証拠に、再度足を滑らせて頭を打ち、気づいたら、生き生きと会話をしていたはずのドールは浴室の床に横たわっています。それで、「やっぱり」と全てを納得する杉田。ですが、その状態からも、ドールは杉田に話しかけてきます。
 杉田は、幻聴と妄想によるものだと、自分を納得させようとするのですが。

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 しかし、不思議なことが続きます。
 仕事から帰宅すると、買い与えた記憶も着せた記憶もないコスチュームを、ドールは着て出迎えたりします。妄想だと自分に言い聞かせながらも一晩会話を楽しんだ翌朝、坂巻が「何日も無断欠勤して!」と、杉田を訪ねてきたりもします。
 慌てて出社する杉田。しかし、彼は無断欠勤などしておらず、それどころか、会社には坂巻がいた形跡すらなくなっていました。

 もはや何が本当で何が幻覚なのか、杉田にはわかりません。

 混乱した杉田が坂巻の家を訪ねると、そこには坂巻の等身大のドールを涙ながらに抱き締める父親の姿と、両親に挟まれて写っている坂巻の写真がありました。坂巻なる女性はどうやら他界していたようです。

 その夜、激しくドールを抱く杉田。しかし、ドールは「これ以上、杉田の居場所を乱してはいけないから」と、一方的に別れを告げます。「俺もつれてってくれ」と杉田は叫びます。
 おそらくその数ヵ月後、杉田の妹を名乗って坂巻が杉田のアパートを訪ねてきていました。大家によると、本人は蒸発し、家賃も今月分で切れ、部屋には女の死体かと思ったというボロボロになるまで使い込まれたドールが残されていました。

 床に転がっていた補修剤を拾い上げた坂巻は、「これで何度も修理して使っていたのね。それで、杉田クンの心は、補修できたの?」と呟きます。
 どこまでが現実で、どこからが幻なのか、作品では明示されません。杉田はどこまでが正常で、どこからが狂気だったのかも、しかりです。

 併録作品は、飯塚を主人公にした「ネコじゃないもん」の後日談「いつか見た夢」と、読み切り短編が納められています。
「いつか見た夢」では、「ネコじゃ」の時には作者にそんなつもりはなかったのでしょうけれど、伏線の回収のようなことが行われたりもしています。というか、「いつか見た夢」を描くにあたって、ネコじゃのこの部分を伏線だったことにして、ここで回収しよう、ということなんでしょう。


 僕の邪推でしかないのですが、ネコじゃは作者的には完結させたかったところを、人気があったので編集がやめさせてくれず、連載続行となったために第2部がグダってしまったのではないかと思っていたりします。そして、第3部でテコ入れがなされたのではないでしょうか。
 しかし、「いつか見た夢」ならば、派生作品としてまだまだ継続できたように感じました。飯塚のカッパ禿、いっそのことスキンヘッドにしたらカッコいいのに、相変わらず長髪なのが未練で笑えます。

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