【 マホロミ 時空建築幻視譚/冬目景 】
大学で建築の勉強をしている土神東也(にわ とうや)は、祖父の死をきっかけに、それまで疎遠だった祖父の自宅兼アトリエで暮らしはじめます。祖父と父の折り合いが悪かったため、東也と祖父は交流がなく、自分の進もうとする建築の世界で、祖父がそれなりの実力者であったことを知ったは、最近になってからでした。
東也は大学で、幼なじみでだった円海卯(みつうらあきら)と再会、なにかにつけ行動をともにすることが多くなります。そして、それぞれが別々の接点を持っていた深沢真百合とも、交流がはじまります。
大学の専攻の関係で、明治から昭和初期の、取り壊し間近な建築物に、勉強のために訪問する機会が自然と多くなる東也と卯ですが、そこで東也は、不思議な幻覚をみることになるのです。
その話を聞かされた真百合は、それを建物の記憶といいました。建物に心残りがあって、伝えようとしているのだと。
とはいえ、ホラーチックな作品ではありません。あえていうなら日常ファンタジーでしょうか。
東也と真百合は、建物が解体された更地の片隅に積み上げられていたデスクの中から、一通の手紙を発見します。愛しい人に出そうとした手紙ですが、結局、出せないままで机の奥にしまい込まれていたラブレター。
魂の宿ったその古い館は、そこに心残りを感じていたのです。2人はそれを取り出し、改めて投函することにしました。
また別のエピソードでは、戦争の色彩が日々濃くなってくる時代の日本で、母親手作りの青い目のぬいぐるみを大切に思っている幼女が、親から「捨てなさい」と言われます。
でも、そんなことはできません。姉妹で相談し、捨てたことにして作り付けのクローゼットの奥に隠します。そして、そのぬいぐるみは、そのまま忘れさられてしまっていました。古い家屋は、その人形を探し出して、出来れば元の持ち主に返して欲しいと願っていました。2人はその思念を読み取るのです。
真百合の祖母と、高名な建築家であった東也の祖父はもともと交流があり、卯の実家の剣道場の道着はずっと真百合家に修繕を依頼していたなどの繋がりもあり、この3人を中心に物語が進んで行きます。
東也のバイト先の建築事務所でも、東也の祖父が高名な建築家だったことは知っており、サラブレッドのレッテルを貼られることに一時期悩んだりもします。
思念の残った建物のエピソードだけでなく、登場人物のこういった心情なども丁寧に描写されています。
戦争のための金属供出から逃れるために隠されたアパートメントハウスの屋上に飾られていた風見鶏を発見したり、祖父の作品である古い椅子の修理を縁あって自ら手掛けることになったりしながら、東也は建築家の卵として、一歩ずつ歩き始めます。
物語全編に流れる静寂な空気感がなんとも好き。恋愛系の話ではないのですが、微妙な恋心は描かれていて、それがまるっきりどうにもならないあたりもいいですね。もどかしさが心に沁みます。
連載の中断や休載、ほかの作品への取り組みなども目立つ作家さんだったのですが、ある時期に次々と連載が再開、そして、完結しています。5冊以内の作品が多く、また読みやすいので、お薦めの作家さんです。
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