【 碧いホルスの瞳/犬童千絵 】
王女シェプストは婚姻の儀を迎えました。相手は王子トトメスです。二人は異母兄妹。古代エジプトの王位継承は女系で、王と王妃の娘が婿をとり、その婿が王(ファラオ)となるのです。ただし、婿も王族に限られるため、近親婚は珍しくはありませんでした。
シェプストは幼い頃から王である父に憧れ、次のファラオにふさわしいのは自分であると考えていました。しかし、女は王になれません。婚儀ののちに父から王位を引き継ぐのは、兄です。
幼い頃は、剣術などで兄を負かせ、お転婆と称されたシェプストです。しかし、いつしかお姫様らしく振る舞うようになり、王妃にふさわしい美しい女性として成長しました。
でも、それは本当の姿ではありませんでした。心の中は「自分こそ王にふさわしい」という熱い思いと、「女は王になれない」という哀しみを抱いていました。
婚姻の儀と、夫トトメスに先代からの王位継承が行われ、シェプストは初夜を迎えます。しかし、彼女を抱こうとするトトメスの喉元に短刀を突きつけ、抱かれる気は無いと宣言します。そして彼女は、部屋に引き込もってしまきいました。
その間、街の踊り子と仲良くなったり、宮中に勤める女官に指導をうけたりしながら、「強くなりたい」という想いにたいして、女官から「女の武器は美。これで、守備もできるし、攻撃もできる」と教わります。
王妃らしい降るまいをすることを決意したシェプストは、平民から実績だけで出世した切れ者のセンムトとの距離を縮め、ついに「唯一お仕えする人」と、センムトから土下座の礼をうけました。これ以降、センムトはシェプストの側近として、右腕として、お仕えすることになるのです。
時に戦争で遠征中てあるトトメスの訃報がもたらさEます。
「これで遠慮なく、相手国に報復できる」と、鼻息をあらくするトトメス2世(異母兄で結婚相手)ですが。
トトメス2世は戦を行い領土を広げることだけに興味を示し、シェプストは内政を、というように役割分担ができれば、それはそれで良かったのかもしれませんが、なかなかそうもいきません。
後宮の女たちは、王の子を宿すことに必死になり、また神官たちは内政に口出ししてくるシェプストを疎ましく思い始めます。
妊娠している間は政務に携われないことを嫌ったシェプストは、王との間に子をもうけるつもりはなく、後宮の女が産んだ子(男)を我が子として育てようと乳母にたくすのですが、裏切りや野心の波間で翻弄され、シェプストの思う方向には行きません。
近隣国の国王の妾の子(男)と、妹とを結婚させ、国どうしのいさかいを減らそうという政略結婚をたくらんだりもしますが、シェプストが王の子を産む気がないのならと、王は妹を娶る意思を示します。仕方なく自らが王の子を産む決意をしますが、生まれたのは女の子でした。
また、それとは別の謀も進行します。真の目的はわからないものの、王の子を産んだ後宮の女が、シェプストに毒薬を仕込んだアクセサリーをプレゼントします。
この毒薬の解毒剤を入手したシェプストは、付き人を下がらせ王と二人きりになった部屋で、病に伏せる王に寄り添い、くちづけをして王を毒殺。自らは解毒剤を服用し、王の最後の言葉を聞いたのは自分であると家臣たちにしらしめ、そしてまだ3歳の王子を即位させます。そして、自分はその母親として、摂政となります。
息子が3歳なわけですから、摂政といえば事実上のファラオ。しかし、その持ち得る力は大きくはありません。前王のトトメス2世は戦闘には長けていても、内政は神官任せ、そして現在も、神官達の同意がなくては国を動かすこができないのです。
シェプストはそうした中、息子であり王であるトトメス3世を連れて視察の旅に出ます。そこで、建築の専門家となっていたセンムトと再開、一方、トトメス3世には剣の指南役としてシェプストの知らぬ間にソベクという軍人が就任、エジプトやヒッタイトの和睦など、色々なことが動いていきます。
トトメス3世の剣の稽古の、相手に選ばれた同年代の男の子は、本気で来いというトトメス3世の言葉に、彼の左目を剣で貫いてしまいました。このことで、トトメス3世自身によって処刑、殺害されます。王は孤独なものであり、友など必要としないのです。
しかし、父の後ろ姿を見て育ったシェプストと異なり、父のいない彼らのために、シェプストは「結婚はありえない」という前提条件で、センムトに父親役を依頼、もとより、忠誠を誓っている彼に何の異存もありません。
けれども、それらの動きが整うまでの間に、トトメス3世はすっかりソペクという教育係の軍人になついていました。信用できるのはそなたしかない、とまで言います。ここに摂政である母と、王である息子の確執が始まるのです。そこには、ジェプストが摂政であることを快く思わないソペクによる、微妙な洗脳も含まれていそうです。不穏な雰囲気も漂います。
対して、ジェプストの実の娘であるネフェルウラーの教育係のセンムトには、彼女はなつかず、勉強にも身が入りません。センムトは後宮の女官たちの助言もあり、ネフェルウラーが天文学に興味があるのを知り、難しい学問ではあるものの、優しく解説していくことで、二人の師弟関係も築かれ始めます。ネフェルウラーは、それぞれの星に自分や母をなぞらえて、乳母や教育係は側にいても、公務で常に遠い地にいる母に想いを馳せると共に、運命を悟ろうとしていたのかもしれません。
そして母、摂政であるジェプストが、ついに「自らファラオ」である宣言をします。
野心家のソペク(ジェプストの婿になり自らが王になろうと画策)の本心を読み、裏をかいて近隣諸国との、和平条約の成立を成功させます。死罪に値するソペクも、「先の世を見せるため」と、役職からの更迭に留めました。将来、役に立つ男と踏んだのかもしれませんね。
ジェプストは、摂政から、まさしく、王になるべく準備を着々と進めます。理想とする国家は、戦争による領土拡大ではなく、交易による相互の繁栄です。
既得権益を失うことを、恐れた神官長は、真っ向から対立してしまい、結果、追放されます。しかし、おとなしく隠居などするつもりはありません。各地で子飼を集結してクーデターを企てようとします。しかし、それを予想していたジェプスト、武装兵に彼を追わせ殺害します。
その兵の中には、兵装に身を包んだジェプスト自身がおり、彼女の手によって命を奪われるのです。理想国家のためには、自らの手をも血に染める。その覚悟ができたことを読者に示したかったという作者の意図もあるでしょう。
そして、ジェプストは、女の身でありながら、本来は男(ファラオ)がまとうべき王の衣装に身を包み、大衆の前に立ち、「自らが王(ファラオ)」であることを宣言します。もはや、摂政ではありません。また、その直前には腹心であるセンムトの愛を受け入れています。ただし、センムトはすでに生涯にわたっての忠誠を誓っており、婿の地位を利用して国を、牛耳ろうなどという考えは現時点では、なさそうです。
夢であった女ファラオの誕生。ここでエンドマークを打っても違和感はなさそうですが、彼女の政治手腕を発揮する物語は続きます。
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