【 君と僕のアシアト/よしづきくみち 】
タイムトラベル春日研究所が提供するのは、時間旅行。現在の所長は風見鶏亜紀。父が開発した時間旅行装置と研究所の跡を継いで運営しています。
しかし、時間旅行といっても未来の話ではありません。現在が舞台の物語です。日常的にタイムトラベルが可能になった未来を舞台にしたSFではありません。現在舞台でのタイムトラベルのお話です。
タイムトラベルといっても、旅行先は過去20年以内で、春日市内に限られます。
なぜ、同一市内で、しかも過去20年以内に限られるのか。
春日研究所では20年前から市内をスキャンし、データを収集しています。このデータ収集は、空中も含めて自由自在に行き交うことができる「あすとおん」という装置で行っており、それらを元に、物理・物質・霊質構造を被験者の脳内に投影して、特定の時空を再現しているのです。
従って被験者(顧客)は、頭の中でタイムトラベルするわけです。ですから、そこでなにが起ころうと元の世界に戻れますし、タイムパラドックスも起こりません。
ここまで設定がしっかりしていると、「ああ、実際にタイムトラベルするのとは違うんだ」と、SFにありがちな普通のタイムトラベルではない、ということは、ご理解いただけるでしょう?
物語の初期の頃は、落ち込むことばかりで俯いた人生を歩んでいる人が、過去を垣間見ることで勇気を得て前向きになるという、ちょっといい話の読み切り連作でした。
しかし、徐々に様々な背景や過去が明らかになっていきます。
時間旅行装置は父が開発をはじめたもので、現在の所長である風見鶏亜紀が跡を継いでいるのは、先に述べた通りですが、実はその亜紀、あらゆる恋愛を拒否しており、好意を抱く助手の宮山にも、アナタとの恋愛はありえないと冷たく宣言しています。そして亜紀から宮山に(読者にも)驚くべき事象が語られるのです。
それは、20年前からスキャンしてるはずのデータの中に、亜紀も春日研究所も、記録されていない、ということ。つまり、この装置の記録によると、亜紀はこの世におらず、春日研究所も存在しないのです。記録の中の春日研究所は更地になっています。
彼女は実体のない人間なのか? 春日研究所は幻影なのか?
ともあれ、スキャンデータには彼女も研究所も存在せず「いつこの世から消えても不思議ではない存在」なんだと亜紀は考えています。 だから彼女は「確かにこの世に存在する人間とは恋愛できない」と、自らを律しているのです。
亜紀には瑞紀という姉妹がいます。が、10年前に東京は大厄災のために壊滅状態になりました。周囲の人間が死に絶える中、亜紀だけが生き残り、父は死に、瑞紀は行方不明です。
原因は不明。隕石の衝突なのか、大規模テロなのか、未だに判明していません。
実は瑞紀は、もうひとつの世界で、春日研究所を維持管理し、やはり父の跡を継いで運営をしていました。東京を襲った大厄災で、世界はふたつに別れてしまっていたことが明らかになります。
やがて、亜紀の持つ装置、瑞紀の持つ装置、それらが二つの世界をつなぐことができそうだと、少しずつわかっていくのですが。
姉妹は再会できるのでしょうか? 再会できたとして、既に別々の次元でそれぞれの人生を歩み始めているこの2人が、幸福な状態になれるのでしょうか?
残念ながら僕には、作者が用意した全てのメッセージを読み解くことはできていないと思います。
また、物語の結末も、全ての読者が期待したハッピーエンドとも言い難いでしょう。
でも、それぞれの目の前、にそれぞれの道が伸びている。そういう解釈はできると思います。
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