漫画パラダイス

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【 魑魅(すだま)/小山田いく 】

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 何と名付けたらいいのでしょうか。小山田ヒューマンホラー、とでも言いますか、実に独特な世界です。

 ある意味変人の東森という男子が部長をつとめる生物部には、地下室があります。そこには、様々なホルマリン漬けの標本など、不気味なものが類々と管理保管されています。いわく、カッパ、ムジナ、猫又、龍、人魚……。
 それらは果たしてホンモノなのか、それとも、民話や伝承に基づいてでっち上げられた別物なのか。

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 ある日、この生物部に、交通事故でぐちゃぐちゃになった猫の死体が持ち込まれます。弔う前に、元の猫の身体に戻してやってほしいとの依頼に、東森はそれを引き受けます。しかし、完全に破壊された足はもはや復元が不可能。そこで東森は、ホルマリン漬けになっている猫又の足を利用して形を整え、復元された猫と、猫又といわれてホルマリン漬けになってる実はなんだかよくわからない生き物を、一緒に葬って遣ることができればと考えたのです。

 猫の死体を持ち込んだのは、心優しい少女。しかし気弱で友達がなく、パシりにさせられたり、いじめの対象にされるのがわかっていながら、寂しさのためにその不良グループの一員となっていました。
 その少女に猫又が乗り移り、不良グループに幻覚などを見せます。それは、いじめられることで鬱積し抑圧された想いの解放なのかもしれませんね。いじめをしていた連中は、その幻覚の世界の中で、身を守るために所持していたカッターナイフで、幻覚の化け猫と戦います。しかし、正気に戻った彼女達は仲間同士で切り合いをしていたことに気づくのです。
 純粋のホラーやオカルトというわけでもなく、少女の屈折した気持ちが産んだ心の中の化け猫によって催眠能力が覚醒し、自らが生んだ幻を見せつけていたのではないか。東森はそんな解釈をしています。

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 生物部に所属している部員は1人。専女摩未(とうめまみ)という1年女子です。変人の東森部長と、結構良いコンビを醸し出しています。この2人が、ちょっとオカルトちっくで、ちょっといい話を、紡いでいきます。基本的に1話完結の読切形式。第1話と最終話だけが前後編の構成です。
 第1話の「猫又」の他には、河童にまつわる話、人面疵、ホルマリン漬けになっていた正体不明の内臓群、死体から生まれて飛び立つ地獄蝶、餓鬼、人魚なども登場します。ホラーっぽい演出でも、単に怖い話しではなく、結局人の心に巣くう黒い部分が魔を呼んでいるんだ、ということを示唆しながらも、民話や伝承上の架空の生き物や妖怪や魂といったものを、全否定しているわけでもない、時には人を暖かく見守っている…。そんな小山田ホラーなんだと理解しています。

 動物に食べられて、消化されずに排泄されてから、芽を出す植物のエピソードもあります。時間と場所を超えたロマンチックな話だったりするのですが、摩未が植物温室の中で野糞をしたから発芽したこと東森が見抜いてしまうという、ウンコネタのギャグなんかも散りばめられています。

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 どちらかというと事件絡みの話が中心の展開で、刑事なんかも出てきたりします。不自然さや違和感はないのですが、刑事ものっぽくなってくると、東森は高校生にしては随分おとなびているようなキャラです。

 最終話の「怪画」では、画家のモデルとしてアトリエにやってきた女性が次々と行方不明になる事件の謎解きが行われます。化物じみた面相の人間か妖怪かわからないモノが登場して、摩未も活躍します。人の顔の皮を剥いで絵を描くキャンバスに使うというおぞましい事実を東森が突き止めます。

 ラストシーンは、どうやら東森と摩未が恋人同士になりそうな予感を漂わせて、物語は終了です。

 全2巻なのですが、1巻だけしか手元には無く、後に1冊にまとめられて復刻したブッキング版(それも古書)にて読了。これには「下闇の香り」という読切と、創作裏話的な「1968年の標本ビン」(描き下ろし)も収録されています。

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