【 鉄子の旅シリーズ 】
【 鉄子の旅/菊池直江 】(全6巻+鉄子の旅プラス)
【 新・鉄子の旅/ほあしかのこ 】(全5巻)
【 鉄子の旅・3代目/霧丘晶 】(3巻まて所持)
ほんとにもう、何をやってるんですかね、小学館。「IKKI」が休刊になったので、鉄子の旅もさすがに続編はなかろうと思っていましたが、サンデーGXで始めちゃうとは…。
よもや続編なんか出さないだろうな、と先の「ゆりてつ」レビューで書いた次に、「鉄子の旅」を持ってくるのが、やらいしでしょう? というか、ちゃんと、考えてるでしょ?(笑)
残念ながら過去作の復刻はないようで、新・旧両方の作者の自薦集というかたちでそれぞれ一冊にまとめられ、サンデーGXのレーベルから書き下ろしを加えて出されています。
鉄子は全部もっていますので、「そんなの買うわけないでしょ」と言いたいところですけれど、うーん、書き下ろしなどという魅惑的な手段をとるとは、商売上手な。つい、のらされてしまいそうになります。いや、のらんぞ。
作品は、横見浩彦なる鉄道ヲタクを案内人に、鉄道にはなんの興味もない女性マンガ家を、鉄道を使った旅にひきずりまわし、その道中をマンガにして掲載するというもの。
そして、その女性マンガ家もいつのまにか鉄道に詳しくなっていくという、なんとも因果な運命をたどらされてしまいます。
さすなに3代目が出た時は、「おいおい!」と思いましたし、ネタの重複も(あえて、ですが)あるよなーと感じました。でも、再び鉄子の旅が楽しめるんだと、嬉しくなったのも事実。
旅って、取材日によって違うし、偏執的な部分と戸惑う作家さんのギャップが、鉄道旅行の面白さの本質に迫ってるようにも感じます。
しかも、横見マジックが時々発動されて、本来無理目のことが実現されてしまったり、取材に同行する編集者(特に編集長)が、鉄道好きのあまり勝手な行動をしてしまったり、ある意味はちゃめちゃです。
鉄道ジャーナル社のくっそ真面目な鉄道ルポルタージュ「列車追跡シリーズ」とは、まさしく対極の世界です。
こんなに趣味に走れて、かつ、読者に受ける工夫を加えて結果を出していく(出てるかどうかは知らんが)という取り組み、仕事としては理想的ですね。こんなことができるなら、小学館に入ればよかったなあ。(無理無理)。
注釈によると、「この作品はノンフィクションです。申し訳程度にドラマはありますが、登場する人物、団体、事件は全て実在します」とのこと。
確かに発表時はそうかもしれません。でも、初代1巻が出てから年月は流れてますし、今となったらそれも「大切な記録」ですよね。
「3代目」は、カラーページの色使いがいいですね。
横見さんの体力の極端な減退が気になりますが。
菊地先生の描写にくらべて、おっさん化か随分すすんでいるような…。心配です。
以下、3代目3巻発売時に追加した内容です。これまでより記述が詳しくなってます。1冊だけを取り上げる書き方をすると、こうなります。
新幹線が開通することで、在来線が廃止されるなんて、思い付きもしませんでしたし、「え? じゃあ地元の短距離輸送ってどうなるの?」とか考えましたけど、ローカルな地域圏ってほぼ完全に分断されてるんですね。
県境っていうか、昔の国境っていうのか、そういう所って、旅人とか飛脚とか、そんな特殊な人は使っても、庶民の日常生活には関係ない、ということなのでしょう。
都市(例えば、県庁所在地など)から都市への移動なら、間はすっとばせればすっとばせるほど、有難いわけですし。
でも、選択肢が新幹線だけ、っていうのは、いかがなもんなんでしょうね。
さて、その廃線跡なんですが、一部区間が観光鉄道になってるなんて、知りませんでした。というか、碓氷峠鉄道文化むらって、そんなんになってたんですね。
その観光用鉄道の終点からも、廃線跡が遊歩道として整備されており、今回の最遠目的地は、遊歩道をしばらく歩いた先にあるメガネ橋です。
歩き始めてさっそく「しんどい」と横見さんか愚痴ります。
そういえば、3代目2巻でもそういったシーンが目立ってきており、作画の霧丘先生が、「このまま続けられるのか?」と、疑問を持ち始めます。
初代と2代目も、横見さん年とったなあとか呟いています。
そんな中での次の旅は、箱根。ママ鉄アイドル豊岡真澄さんをゲストに迎えてます。
車両にはあまり興味ないという横見さんを尻目に、豊岡さんの方が車両に詳しく、こだわりがあります。
こだわりこそが鉄子の旅の持ち味と考えてる霧丘先生、ますます連載に疑問を抱きます。
これがなかなか冗談ではなく、雑談でもなく、次の話が「JTB時刻表編集部見学」で、華やかな旅行雑誌の編集者を夢見て入社した新人女性が時刻表編集部に配属され、その女性が先輩や上司から時刻表について教わるという視点で物語が描かれてます。
それはそれで興味深いのですが、どこにも出掛けてません。
そして、ラストが「旧神岡鉄道」の跡地訪問です。
レールの上にこんな自転車が設置してあり、自分でこいで、走れます。
これ、なかなか良いですねえ。
さて、旅(取材)本体はともかく、ここで霧丘先生と担当編集が話し合って、「鉄子の旅」の打ち切りが決まります。
しかーし。編集長の鶴の一声で、あと1巻分は連載継続することになります。
鉄子はもう少し楽しませてもらえるようですが、マジで横見さん、心配です。
作品中に、「仕事のない時は家でゴロゴロしてる」との台詞があり、これが体力低下の原因か? なんてシーンがあります。
いや、まさにその通りですよ。
僕はサラリーマンなので、休みの日はゴロゴロしてることも多いですが、それでも1日中、なんもせずにボーッとしてるわけではありません。
それが横見さんのような自由業で、取材旅行とか不定期で、それで仕事のない日にゴロゴロしてたら、そりゃあ体力落ちますって。
ただ、横見さん的に、読者に漫画にしてまでわざわざ紹介したいって場所が尽きたなら、確かに終わりでもいいでしょう。
でも、こだわりの強いオタク的な旅なんて、一般人はそうそうできないし、仮に金と時間が無限大にあったとしても、「思いつかない」のです。また、そうそう真似もできません。
よゐこやナスDがウケるのも「そうそう真似できない」からだと思うのです。
やろうと思えばできることなら、「世界の車窓から」のように、映像とナレーションだけで十分で、出演タレントやレポーターはいらないんです。
知らないことを知る。できないことを疑似体験する。これは鉄子の旅も同様。
鉄道旅行ですから、やろうと思えばできる範囲内でしょうけど、やはり思いつかない。それ以前に、知らない。
なので、別の案内人を立てて別の視点で、新たな鉄子をやる、というのはアリだと思います。
でも、旅の案内人も、作画家もかわってしまったら、もはや鉄子ではないかも、ですね。
(106-407)初代
(107-412)新
(108-414)3代目
(197-757)3代目3巻時のカウント