漫画パラダイス

読んだ漫画のレビューなど。基本的には所持作品リストです。

【 二度目の人生アニメーター/宮尾岳 】

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 多田アユム、58歳。娘のミズホの結婚を1週間後に控えたオジサンが主人公です。それでこのタイトルですから、「もう少し我慢をしたら定年だけど、娘も嫁ぐことだし、本当にやりたかったことをやる」と決意して、会社を辞めてアニメーターを目指す物語と、普通は考えそうですが、そうではありません。
 タイムスリップを題材にしたハードSFです。

 娘の夫になる男性、満田ヒロキはいわゆるオタクです。娘から「この人と結婚する」と見せられた写真は、未来の軍服のコスプレをしています(これ、同系統のものが職場にある)。娘も同人誌作ってコミケとか、コスプレとか、父のアユムからしたら「何やってんのかよくわからん」ことにハマっています。

 その日、メカに関しては神とまで称されるアニメの巨匠、伝説の超(スーパー)アニメーター金野一他界のニュースが駆け巡ります。ヒロキは巨星堕つと大騒ぎですが、「58歳で金野一なら俺の高校の同級生だ」と、アユムがポツリ。ヒロキは金野のイベントで娘と知り合ったのだと告白し、僕たちにとってはキューピッドなのだと言います。

 なんだかなあと思いながら、20年ぶりの煙草を買って公園で吸おうとしたら、ライターがありません。とおりかかった正体不明の男(?)がライターで火をつけてくれますが、これがきっかけでしょう、過去へタイムスリップしてしまいます。

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 タイムスリップものの定番ストーリーは、タイムパラドクスです。未来が変わるから過去に手を加えてはいけないとか、過去に手を加えても自然修復するとか、過去に手を加える結果になって未来が変わり自分や周辺の人々の存在が危うくなるとか、手を加えた世界はパラレルワールドとか、色々な設定があります。
 しかし、ニドアニはどの定番とも違います。
 過去へスリップしたアユムは、高校生の自分そのものになってしまいました。しかも、娘を結婚に導くはずの同級生金野一は、教科書にパラパラ漫画を描く程度で、アニメーターなんか目指していません。まもなく開始する機動戦士ガンダムみたいなアニメで才能を発揮するはずが、その片鱗もないのです。
 1週間後には娘は結婚するのに、そのきっかけとなったこの男が超アニメーターにならなければ、娘と婿との出会いもありません。
 アユムは「本来あるべき未来」に向けて、金野を一流のアニメーターにするべく、手を打ち始めます。その過程はなかなかハードです。
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 アニメ業界を舞台にした漫画は、全く読んだことがないわけではありません。
 「ブラックジャック創作秘話」にも登場します。元々は多分読切企画、好評で続編が描かれ、やがて連載になり、という経緯と想像してますが、ブラックジャックだけでなく手塚治虫伝となり、当然そうなればアニメの製作現場も登場します。
 かなり前になりますが、ニドアニと同じ少年画報社から「アニメがお仕事」という作品も出ています。こちらは既にアニメーターになった人の話です。

 もっともっと前になると、辻真先先生の著作(小説)のあちこちに、アニメの話が出てきます。アニメを題材にしたエッセイもあったかと。「TVアニメ青春記」というタイトルだったかなと思います。あまりアニメネタで取り上げられることのない方ですが、辻先生なくして日本のアニメは語れないのです。
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 学校で知り合ったアニメ好きの真野ヨウコを加えた3人て、アユムはアニメ製作会社に猛烈なアタックを開始します。幸い、高校を出たら履歴書を持っておいでと言ってくれる所があり、3人は進学をせずにそのアニメ製作会社、スタジオタクトに就職をすることにします。
 しかし、アユムはその約束を裏切り、進学を決意します。そうしなければならない理由があったのです。
 アユムは妻と学生時代に大学が縁で知り合っており、大学に行かないと今の妻と結婚できません。すると、娘のミズホも誕生せず、(元の世界での)一週間後の結婚式もないのです。
 アユムはスタジオタクトに「製作進行」という立場のスタッフとして入社し、大学と二足の草鞋を履くことになりす。裏切られたと思っていたハジメとヨウコは再会に喜びますが、アユムはそれどころではありません。ハジメをアニメにおけるメカの神様にまで育てなくてはならないのです。

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 そうこうしているうちに、ガンダムみたいなアニメ、「ダンガム」が始まろうとします。娘によると、数々の名作メカアニメは必ず金野一メカ作監だったとのこと。アユムは「ダンガム」をタクトで取れないかと製作進行の先輩の安東に相談しますが、難しいと返されます。いわゆる名作に主軸を置くタクトでは、動画チーフの前原がNOというだろう、とのこと。彼女はロボットアニメを嫌っているのです。ロボットアニメはいきおいばかりで丁寧な仕事をしていない、あんなものは子供だましだと彼女は言います。アユムは「いつまでもロボットアニメは子供だましでしょうか」と、前原に問いかけます。
 他方、まだ高価だったビデオテープを自腹で買い、スタジオの機材で録画をして欲しいと依頼、仕事を終えてから、みんなで観ます。
 安東は、「これは売れない」といいます。
 その後、アユムは金野と真野を誘い、もう一度ダンガムを観ます。数々の名作メカアニメは金野一がメカ作監だったというなら、ここで何かが変わるはすだと確信して。
 結果、真野の評価はイマイチでしたが、金野はダンガムの凄さに気づきます。金野はこの作品を「描きたい」と、心の底から叫びます。
 アユムは改めて安東に、金野にダンガムをやらせて下さいと頼みます。あいつは天才だ、ダンガムのメカ作監になる男だ、と。
 アニメでは他社の作品を製作することもあるので、他社の作品に参加することは可能です。
 しかし安東の返事は衝撃的でした。新人に作画監督なんか勤まるわけないじゃないかというのはわかります。「新人にそんなことは無理」というのはどの業界にもあります。しかし、ここでは、そんなレベルの話ではありません。「アニメーションにそんなポジションは存在しない」だったのです。
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 漫画もアニメも好きですが、詳しいわけではありません。まして、アニメ製作現場の変遷など全く無知です。
 でも、メカに特化した作画監督なんてポジションは、最初からあったわけではないんだよと言われれば、なるほどそーなんだろうなあ、とは思います。
 そういえば、いつ頃出来たのか、「シリーズ構成」とか、「第二原画」なんてのも、無かったように思います。
 シリーズ構成というのはわかります。複数の作家で脚本を担当するので、脚本家が変わっても支障無いよう作品全体のストーリーの流れを決めるのがその役目です。辻先生の何かの著作にそのように解説されていました。通常、メインの脚本家がなるように思います。
 しかし、第二原画というのが、いまだによくわかりません。ネットに解説はあるのですが、言ってる内容が違ったりもしますし。
 それはともかく、通常、新人が就かないポジションに特別に才能のある人が就く、というのは、無い話ではないでしょう。しかし、これまで無かったポジションを新人が提案して作り自らが就くというのは、一般社会でも稀有でしょう。ニドアニでは、新人が新たなポジションを提案して、別の新人を就かせるということをしなくてはなりません。これはかなり難易度が高いはず。
 でも、それをしなくては、娘は結婚相手に出会えないので、主人公アユムはこれを実現せねばなりません。最初にハードと申し上げたのは、そういうことです。
 「アニメがお仕事」よりもさらに詳しくアニメ業界のことが描かれており、自分の知らないお仕事の現場を知る、という楽しみもあり、続きが気になります。現在2巻まで。以下続刊。

 

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