漫画パラダイス

読んだ漫画のレビューなど。基本的には所持作品リストです。

【 オマージュ/矢野健太郎 】

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 矢野先生の短編集です。「4sprits+2」に掲載された作品を中心に構成しているようです。その場合は1作品が50ページほどになるので、短編とはいえ、読みごたえがあります。

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 未夏は極端な方向音痴です。クラスメイトの弥生が迎えに来ないと、学校へもまともに辿り着けません。昔はこんなに酷くなかったのですが、幼馴染みの葉クンがある日ふと消えてから、方向音痴の症状が激しくなったようです。
 さて、その未夏、いつものように道に迷っているうちに葉に良く似た人を見つけてしまいます。何度かそんなことがあるうち、「良く似た」ではなく、本人だと確信するようになります。
 さて、その未夏、いつものように道に迷っているうちに葉に良く似た人を見つけてしまいます。何度かそんなことがあるうち、「良く似た」ではなく、本人だと確信するようになります。
 そしてついに未夏は、葉と言葉を交わすことができました。葉によると、葉が居るのはこの世のどことも繋がっている歪んだ空間。未夏はそれを関知して、道に迷ったり、葉の姿を見かけたりしたのだそう。そして葉は、長くその空間に居すぎたので元に戻れない。もともと自分はここが居場所。未夏はその歪んだ空間を関知する能力がもう消えかかっている。
 葉の家を訪ねた未夏は、葉の母から、この家系は昔から神隠しにあうことが多かったのだとききます。家族も諦めていたようです。
 その日を境に、未夏の方向音痴はなりをひそめます。
 これが「日常SF」をテーマにした「夕暮れの向こうに」です。4SPIRTS+2は、漫画家4人による競作集で、毎回テーマが設定されてるのです。

 「スポーツ」をテーマにした回では、悩みに悩んだ挙げ句、「モータースポーツ」ということで、カーレースが取り上げられます。たった50ページなのですが、色んな要素が詰まっていて、これが面白いのです。
 事故を起こしてドライバーをクビになったアレックに、別のチームからF1をやらないかという話が来ます。そして、テストを受けるのですが、与えられた車はまともに走りません。フラフラと不安定なのです。しかし、安定性が悪いということは、それだけ曲がるということ。この特性にすぐ気づいたアレックは、車を自在に走らせ始めます。アレックのための調整がなされていたのです。

 その他、どんでん返しで「ウワッ!」と言わされるSFファンタジーや、丁度ホーキング博士の本がベストセラーになって宇宙論ブームだったとかで(知らなかった)、宇宙創生のも収録されてます。
 クエーサーとかブラックホールとかだけでなく、宇宙の曲率とか「ひも」とかも出てきますから、ちょっと知識がいるかも。知識といっても、素人向けの宇宙とかの本でまかなえる範囲ですが、知らないとまさしく「何のことやら?」です。だからといって、ストーリーは十分楽しめますけどね。お伽噺的な感じです。

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 2巻には、初出が4SPIRITS+2以外の作品が中心の収録です。

 この中では、恋愛テイストの「ベッドタウンストーリー」が特にいいですね。初体験をもくろむカップルが、なかなかそこへ辿り着けないエピソードです。
 家族が外泊するから今夜は俺一人と言って誘ったはずが、突然妹が帰宅します。
「法事じゃなかったのか?」
「あたしもお兄ちゃんと一緒で明日学校なんだから、泊まってこれるわけないでしょ」
 おお! 見事な設定です。

 さっきまで誰かがシテた所で初体験なんかイヤという彼女のために、シティーホテルのスイートルームを奮発しようとした彼氏、しかし所持金が足りなくて無理でした。ならばとバイトしてお金をためて、さあいよいよ、というところで、スリに合います。
 バイトでためたお金も、今夜こそという意気込みも全て消え去り、落ち込む彼氏。そこへ彼女が救いの手を差し出します。
「ここでいいよ」と、ラブホテルに彼女から誘うのです。彼氏の頑張りを認めてくれたんですね。

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 さらに、収録作品には、デビュー作でもある「強化戦士アームピット」というのがあります。マッドサイエンティスト父を持つ高校生のひろしが、父の作った強化服を着せられて正義の戦士になるというギャグSFです。デビュー作から矢野ワールド全開してると私は思います。そして、希にふわっと漂う永井豪テイスト、、、とか書くと、失礼に値してしまいますかね。だとしたら、申し訳ありません。あくまで個人の感想です。
 そして、その事実上の続編となる「フライング暁姫」も、始めて単行本に収録とのことです。これがまたよく練られた作品で、暁姫(陸上部所属)のフライング癖が、アームピットの世界観とガッチリ絡み合う妙。「ライナーノート」さえ読まなければ、ですけどね。どうも実際は練られてなかったようです。
 ところで、暁姫には、「強化外骨格」という用語が登場します。「覚悟のススメ」のオリジナル用語かと思ってたんですが、どうもそうではなく、そこかしこで使われてるフレーズのようです。
 それはそれとして、ロケットパンチは明らかにマジンガーZからですよね?
 それから、「エスパーでもないくせに紙切りギザギザ頭」というのは、超人ロックでしょう。
 こういうのが散りばめられてるときって他にも色々あるはずなんですよね。僕が知らないだけで。

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 2巻が発行された時点では、3巻に続くようなあとがきでしたが、残念ながらこれで打ち止め。4SPRITSも全て持ってるわけではありませんし、3巻が発行されて、全部収録されたりしたら、良かったんですけどね。

(234-957)

【 危険がウォーキング/星里もちる 】

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 星里もちる先生のデビュー作です。新刊かなと思って手を出したら、デビュー作と書いてあるので、復刻版でしょう。
 設定がぶっとんでます。汗がニトログリセリンな爆発少女、岡原佳枝と、恋人の牧野いくろうを中心にした学園コメディ。

 汗がニトログリセリンなため、岡原佳枝はあちこちで爆発事故を起こします。それを周りの人達が余計に引っ掻き回し、収集がつかなくなりかけますが、基本的にはほのぼのハートウォーミング系です。

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他に、超美人だが身体を張ったギャグでテレビレギュラーの座までつかむ姉の冴子、着ぐるみ職人で作中着ぐるみでしか登場しない父、後ろ姿しか見せない母、担任教師でとにかく堅い氷室麻衣子、対人恐怖症でダテメガネを外すと赤面する園部その子、大物コメディアンで牧野姉弟の才能に気付いたバロン鴬谷、現役時代はバロンとコンビを組み、今はプロダクション経営を担うクルマ神楽坂、人気が落ちつつある若手芸人の神坂公平などがレギュラー。

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 後半には、神坂公平が一発屋から真の芸人になろうとする姿や、担任教師が結婚していたエピソードなど、お笑いの中にもシリアスなエッセンスが盛り込まれていきます。

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 全3巻。読み返すにあたって、3巻を先に手を取ったものだから、その後に観た1巻の、まあアラが目立つこと。絵は下手で雑ですし、ストーリーもさほど面白くありません。こんなんでよく連載が始まったなと思いますが、物語はどんどん面白く、そして人情深くなっていきます。

 そうそう、地味なメガネっ子風に描かれてはいますが、園部その子が実は一番の美人キャラですね。

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(130-484)

【 黄金色舞台/はらざきたくま 】

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 エロ漫画です。1巻と2巻を持っています。

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 学園もの、クラブ活動ものの成年コミックで、絵は可愛いですし、カラーページも綺麗なんですよね。

 でも、ストーリーが、うーん。
 やっぱ一話にひとつ、エロの起承転結を求められるって、漫画家としては、相当キツイことだと思うんですよ。
 これがコミック1冊の書き下ろしとか、「連載なんだから毎回は求めませんよ」なんて編集方針なら、違ってくるはずなんですねどね。
 読者が1話1エッチを求める限り、もうしょうがないなと諦めるしか。
 カラーイラスト集だと思えば、楽しめます。

 2巻の終わりに、3巻に続くとありますから、それなりに支持は得られてるんでしょうけど…。

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 さて、このコンテンツですが、「ワイセツ」とのことで、LINE BLOGから削除&一時凍結という処分が下ってしまいました。
 ご覧の通り文章には猥褻と非難されるような表記はありますまい? だとすれば絵が問題なわけですが、成年コミックとはいえ裏モノなどではない立派な商業ベースメディアの掲載作品。
 自主規制というか、独自の判断基準はあってもいいと思うので、「載せるべからず」と警告してくるのは仕方ないことだけれども、一時利用停止の処分はやりすぎだと思うが、いかがなものだろうか?
 


(198-759)

【 (有)椎名百貨店/椎名高志 】

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 椎名先生の短編集です。すべて単行本初収録の絶品ラインナップ、なんだそうですよ。

 近頃は、短期で打ち切りになった作品でも、相当酷いものでなければ、とりあえず単行本にはなるようですし、また打ちきりにするのであっても、とりあえずは一冊分の量になるようには連載するみたいな感じですが、それでも実は単行本未収録作品がたくさんあるんでしょうね。

 特に、短編とか読み切り。
 連載作品の単行本の巻末に、その作品とは無関係の読切作品がおまけ的に収録される、なんてことが昔は結構ありました。そういうスタイルを最近は見かけませんので、単行本未収録作品が増えていくのかな? とか思っていたりします。

 そういう作品を集めて一冊にするって、作家の人気がそれなりにないと実現しにくいのでは? 僕だけかもしれませんが、作家買いをしてても、短編集はよほど好きな作家さんのでないと買いたいとは思わないですしね。

 


この短編集には、GSホームズ極楽大作戦という、美神のセルフパロディ作品の他、椎名流オカルトやSFが詰まっています。


・GSホームズ極楽大作戦

・パンドラ 3編

・TIME SLIPPING BEAUTY 2編

・蜘蛛巣姫 1編

が、収録されています。

【 サマーウオーズ/細田守・杉基イクラ 】

 映画のコミカライズといいますか、メディアミックスといいますか。

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 マンガが映画に劣る表現方法だなどとは決して思いませんが、映画のコミカライズとなると、やはり本家の映画とくらべて、迫力というかダイナミックさというか、やはり見比べてみたくなりますね。漫画は自分のペースで読めるのが良いのですが、刻々と経過していく時間を感じさせようとすると、創り手の意図通りに画面が流れる方が、本来の形なのかもしれません。でもそこは、漫画家の力量と、読者の読解力によるのかもしれませんね。

 主人公の小磯健二は、女の子どころか人付き合いそのものか苦手。頭はいいのですが、数学オリンピックもあと少しで日本代表を逃すというちょっと残念な人材。

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 得意の物理を生かして世界的なバーチャル界遊びを構築しているOZのメンテナンスのバイトに明け暮れるのが精一杯の夏休みでした。

 ところが、ある日、女子剣道部のマドンナ夏季先輩から、バイトを依頼されます。内容は「一緒に田舎に帰る」こと。これ以外のことは知らされません。
 そこで健二は、OZのバイトを、同僚の佐久間に押し付けて、夏季先輩に同行するのですが。

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 やってきたのは田舎の旧家、とても立派なお屋敷でした。そして、バイトの内容は「私に全て話を合わせる」こと。しかも、旧家のみなさんには、「婚約者」として紹介されました。つまり、ここでは健二は、夏季の婚約者であらねばならない、ということです。

 スポーツ万能、容姿端麗、しかも旧家のお嬢様とくれば、嘘から出た真なんてのもあるわけで、悪い話ではないはずですが、一言、突っ込んでおきましょう。「先に言えよ!」
 幸い、最初に面会した曾祖母には気に入られるのですが、その上で出した夏季の条件はひどいものでした。

 東大生
 旧家の出身
 アメリカ留学から帰国したばかり。

 なるほど、先に手を挙げた佐久間が条件をきいて断るわけです。だから、健二には現地につくまで、このことは隠されていました。

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 宴席盛り上がるなか、詫助という暗い感じの男が帰宅します。夏季はなついていますが、大おじいちゃんの愛人の子で、うとまれてる様子がうかがえます。夜の庭で武道の稽古をする者がいたり、とにかく曾祖母を頂点とする親戚一同ですから、様々な人が集まっています。

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 健二が眠ろうとしたときでした。OZから数字の羅列が、送られてきました。どうやら、暗号らしいのですが。
 これが流通したところで、なにしろ2056桁。おいそれと暗号がとけるわけがなく、それでシステムに異変がおこるわけがないのですが、健二かひとこと。「それ、僕が、解きました」

 それでなにがどうしてそうなるやらわからなかったのですが、OZが乗っ取られてしまったのです。

 集合した親戚一同の中に「キングカズマ」と、よばれる凄腕プレーヤーがいたのはラッキーでしたが、バーチャルの世界が、乗っ取られたおかげで、現実世界も大変なことに巻き込まれてしまいます。
 OZは遊びの世界ですが、現実世界でも様々なネットワークが遣われています。そのOZの中に最強のAIが投入されてしまったのです。しかも、その当事者が例の愛人の子、侘助。勝手に土地や山を売って資金を作り、AI開発でお金を稼いで売った山や土地を買い戻すつもりだったのですが、そのAIのへいで世の中を混乱の、どん底に落としこんでしまいます。そして、曾祖母に叱責され、家を出て行ってしまうのです。侘助はただ、ラブマシーンというAIをつくり、そこに「知識欲」というものを与えただけではあったのですが・・・。しかし、大金か転がり込んでくる可能性があるため、機能停止をさせようとはしません。

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 翌朝、曾祖母がなくなりました。センサーのついた携帯電話で医者がモニターしていたのですが、データが送られてこなくなり、手がうてなかったのです。

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 そして、一同のOZとの戦いが始まりました。OZの中に潜むラブマシーンを敗北させるためです。

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 正直、ここまでは漫画の方が面白いです。でも、ここまで、なんです。
 バーチャル世界にいる巨大なAIと戦い、勝つために、オフコンを用意したりと、まあ色々したあげく、現実世界の人間と、バーチャル世界のAIが、花札(こいこい)で戦うわけですが。
 AIは日本の人工衛星「あらわし」はじめ、数億というアカウントを飲み込んでいます。花札の掛けの対象はこのアカウントです。
 人間はこの「あらわし」のアカウントを取り戻したい。なぜなら、AIは「あらわし」のアカウント(制御)を握っていて、任意の場所に落とすことができます。そして、原子力発電所かどこか、とにかくそういう場所に落とそうとしています。
 そんなことになれば、大災害が起こります。
 それを避けるため、つまり、「あらわし」のアカウントを奪取するために、花札で勝負をするわけです。

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 対戦するのは、夏季です。
 最初は勝ち続けます。そして、AIが所持するアカウントをどんどんとるのですが、その中に「あらわし」のアカウントはありません。従って、勝負は続きます。
 そして、大勝負に出ます。事実上のほぼオールインを行います。そして、夏季は負けてしまうのです。ほぼオールインの状態での負けですから、もう勝負は続けられません。

 その彼女を救ったのが、傍観者たち。アカウントをまだAIに奪われておらず、ただ、ゲームの成り行きをログインして見守っていた人達でした。彼ら彼女らが、自らのアカウントを夏季に提供するのです。
 そして、勝負は続行となるのですが、このあたりのハラハラドキドキは、やはり映画が上ですね。演出家が思った通りのスピードで画面が展開していくからです。

 それと、残念なのは、ギャンブルの醍醐味が十分表現されていないことでしょう。
 この場面では、このカードが出て欲しい。果たして、そのガードが出るのか、出ないのか?
 その緊張感たるや、はるか「カイジ」におよびません。

 この辺りは、おそらく「映画のコミカライズとして、連載何回に、おさめて下さい」なんてオーダーがあるからなんでしょうけど、最後の勝負はもう少しページがほしかったところですね。

(128-480)

【 碧いホルスの瞳/犬童千絵 】

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 王女シェプストは婚姻の儀を迎えました。相手は王子トトメスです。二人は異母兄妹。古代エジプトの王位継承は女系で、王と王妃の娘が婿をとり、その婿が王(ファラオ)となるのです。ただし、婿も王族に限られるため、近親婚は珍しくはありませんでした。
 シェプストは幼い頃から王である父に憧れ、次のファラオにふさわしいのは自分であると考えていました。しかし、女は王になれません。婚儀ののちに父から王位を引き継ぐのは、兄です。
 幼い頃は、剣術などで兄を負かせ、お転婆と称されたシェプストです。しかし、いつしかお姫様らしく振る舞うようになり、王妃にふさわしい美しい女性として成長しました。

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 でも、それは本当の姿ではありませんでした。心の中は「自分こそ王にふさわしい」という熱い思いと、「女は王になれない」という哀しみを抱いていました。
 婚姻の儀と、夫トトメスに先代からの王位継承が行われ、シェプストは初夜を迎えます。しかし、彼女を抱こうとするトトメスの喉元に短刀を突きつけ、抱かれる気は無いと宣言します。そして彼女は、部屋に引き込もってしまきいました。

 その間、街の踊り子と仲良くなったり、宮中に勤める女官に指導をうけたりしながら、「強くなりたい」という想いにたいして、女官から「女の武器は美。これで、守備もできるし、攻撃もできる」と教わります。
 王妃らしい降るまいをすることを決意したシェプストは、平民から実績だけで出世した切れ者のセンムトとの距離を縮め、ついに「唯一お仕えする人」と、センムトから土下座の礼をうけました。これ以降、センムトはシェプストの側近として、右腕として、お仕えすることになるのです。

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 時に戦争で遠征中てあるトトメスの訃報がもたらさEます。
「これで遠慮なく、相手国に報復できる」と、鼻息をあらくするトトメス2世(異母兄で結婚相手)ですが。

 トトメス2世は戦を行い領土を広げることだけに興味を示し、シェプストは内政を、というように役割分担ができれば、それはそれで良かったのかもしれませんが、なかなかそうもいきません。

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 後宮の女たちは、王の子を宿すことに必死になり、また神官たちは内政に口出ししてくるシェプストを疎ましく思い始めます。

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 妊娠している間は政務に携われないことを嫌ったシェプストは、王との間に子をもうけるつもりはなく、後宮の女が産んだ子(男)を我が子として育てようと乳母にたくすのですが、裏切りや野心の波間で翻弄され、シェプストの思う方向には行きません。

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 近隣国の国王の妾の子(男)と、妹とを結婚させ、国どうしのいさかいを減らそうという政略結婚をたくらんだりもしますが、シェプストが王の子を産む気がないのならと、王は妹を娶る意思を示します。仕方なく自らが王の子を産む決意をしますが、生まれたのは女の子でした。

 また、それとは別の謀も進行します。真の目的はわからないものの、王の子を産んだ後宮の女が、シェプストに毒薬を仕込んだアクセサリーをプレゼントします。
 この毒薬の解毒剤を入手したシェプストは、付き人を下がらせ王と二人きりになった部屋で、病に伏せる王に寄り添い、くちづけをして王を毒殺。自らは解毒剤を服用し、王の最後の言葉を聞いたのは自分であると家臣たちにしらしめ、そしてまだ3歳の王子を即位させます。そして、自分はその母親として、摂政となります。

 息子が3歳なわけですから、摂政といえば事実上のファラオ。しかし、その持ち得る力は大きくはありません。前王のトトメス2世は戦闘には長けていても、内政は神官任せ、そして現在も、神官達の同意がなくては国を動かすこができないのです。

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 シェプストはそうした中、息子であり王であるトトメス3世を連れて視察の旅に出ます。そこで、建築の専門家となっていたセンムトと再開、一方、トトメス3世には剣の指南役としてシェプストの知らぬ間にソベクという軍人が就任、エジプトやヒッタイトの和睦など、色々なことが動いていきます。

 トトメス3世の剣の稽古の、相手に選ばれた同年代の男の子は、本気で来いというトトメス3世の言葉に、彼の左目を剣で貫いてしまいました。このことで、トトメス3世自身によって処刑、殺害されます。王は孤独なものであり、友など必要としないのです。
 しかし、父の後ろ姿を見て育ったシェプストと異なり、父のいない彼らのために、シェプストは「結婚はありえない」という前提条件で、センムトに父親役を依頼、もとより、忠誠を誓っている彼に何の異存もありません。

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 けれども、それらの動きが整うまでの間に、トトメス3世はすっかりソペクという教育係の軍人になついていました。信用できるのはそなたしかない、とまで言います。ここに摂政である母と、王である息子の確執が始まるのです。そこには、ジェプストが摂政であることを快く思わないソペクによる、微妙な洗脳も含まれていそうです。不穏な雰囲気も漂います。

 対して、ジェプストの実の娘であるネフェルウラーの教育係のセンムトには、彼女はなつかず、勉強にも身が入りません。センムトは後宮の女官たちの助言もあり、ネフェルウラーが天文学に興味があるのを知り、難しい学問ではあるものの、優しく解説していくことで、二人の師弟関係も築かれ始めます。ネフェルウラーは、それぞれの星に自分や母をなぞらえて、乳母や教育係は側にいても、公務で常に遠い地にいる母に想いを馳せると共に、運命を悟ろうとしていたのかもしれません。
 そして母、摂政であるジェプストが、ついに「自らファラオ」である宣言をします。

 野心家のソペク(ジェプストの婿になり自らが王になろうと画策)の本心を読み、裏をかいて近隣諸国との、和平条約の成立を成功させます。死罪に値するソペクも、「先の世を見せるため」と、役職からの更迭に留めました。将来、役に立つ男と踏んだのかもしれませんね。

 ジェプストは、摂政から、まさしく、王になるべく準備を着々と進めます。理想とする国家は、戦争による領土拡大ではなく、交易による相互の繁栄です。

 既得権益を失うことを、恐れた神官長は、真っ向から対立してしまい、結果、追放されます。しかし、おとなしく隠居などするつもりはありません。各地で子飼を集結してクーデターを企てようとします。しかし、それを予想していたジェプスト、武装兵に彼を追わせ殺害します。

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 その兵の中には、兵装に身を包んだジェプスト自身がおり、彼女の手によって命を奪われるのです。理想国家のためには、自らの手をも血に染める。その覚悟ができたことを読者に示したかったという作者の意図もあるでしょう。

 そして、ジェプストは、女の身でありながら、本来は男(ファラオ)がまとうべき王の衣装に身を包み、大衆の前に立ち、「自らが王(ファラオ)」であることを宣言します。もはや、摂政ではありません。また、その直前には腹心であるセンムトの愛を受け入れています。ただし、センムトはすでに生涯にわたっての忠誠を誓っており、婿の地位を利用して国を、牛耳ろうなどという考えは現時点では、なさそうです。

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 夢であった女ファラオの誕生。ここでエンドマークを打っても違和感はなさそうですが、彼女の政治手腕を発揮する物語は続きます。


(127-477)

【 君と僕のアシアト/よしづきくみち 】

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 タイムトラベル春日研究所が提供するのは、時間旅行。現在の所長は風見鶏亜紀。父が開発した時間旅行装置と研究所の跡を継いで運営しています。 
 しかし、時間旅行といっても未来の話ではありません。現在が舞台の物語です。日常的にタイムトラベルが可能になった未来を舞台にしたSFではありません。現在舞台でのタイムトラベルのお話です。
 タイムトラベルといっても、旅行先は過去20年以内で、春日市内に限られます。 

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 なぜ、同一市内で、しかも過去20年以内に限られるのか。
 春日研究所では20年前から市内をスキャンし、データを収集しています。このデータ収集は、空中も含めて自由自在に行き交うことができる「あすとおん」という装置で行っており、それらを元に、物理・物質・霊質構造を被験者の脳内に投影して、特定の時空を再現しているのです。 

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 従って被験者(顧客)は、頭の中でタイムトラベルするわけです。ですから、そこでなにが起ころうと元の世界に戻れますし、タイムパラドックスも起こりません。

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 ここまで設定がしっかりしていると、「ああ、実際にタイムトラベルするのとは違うんだ」と、SFにありがちな普通のタイムトラベルではない、ということは、ご理解いただけるでしょう? 

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 物語の初期の頃は、落ち込むことばかりで俯いた人生を歩んでいる人が、過去を垣間見ることで勇気を得て前向きになるという、ちょっといい話の読み切り連作でした。 
 しかし、徐々に様々な背景や過去が明らかになっていきます。

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 時間旅行装置は父が開発をはじめたもので、現在の所長である風見鶏亜紀が跡を継いでいるのは、先に述べた通りですが、実はその亜紀、あらゆる恋愛を拒否しており、好意を抱く助手の宮山にも、アナタとの恋愛はありえないと冷たく宣言しています。そして亜紀から宮山に(読者にも)驚くべき事象が語られるのです。

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 それは、20年前からスキャンしてるはずのデータの中に、亜紀も春日研究所も、記録されていない、ということ。つまり、この装置の記録によると、亜紀はこの世におらず、春日研究所も存在しないのです。記録の中の春日研究所は更地になっています。

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 彼女は実体のない人間なのか? 春日研究所は幻影なのか?
 ともあれ、スキャンデータには彼女も研究所も存在せず「いつこの世から消えても不思議ではない存在」なんだと亜紀は考えています。 だから彼女は「確かにこの世に存在する人間とは恋愛できない」と、自らを律しているのです。

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 亜紀には瑞紀という姉妹がいます。が、10年前に東京は大厄災のために壊滅状態になりました。周囲の人間が死に絶える中、亜紀だけが生き残り、父は死に、瑞紀は行方不明です。
 原因は不明。隕石の衝突なのか、大規模テロなのか、未だに判明していません。

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 実は瑞紀は、もうひとつの世界で、春日研究所を維持管理し、やはり父の跡を継いで運営をしていました。東京を襲った大厄災で、世界はふたつに別れてしまっていたことが明らかになります。 

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 やがて、亜紀の持つ装置、瑞紀の持つ装置、それらが二つの世界をつなぐことができそうだと、少しずつわかっていくのですが。
 姉妹は再会できるのでしょうか? 再会できたとして、既に別々の次元でそれぞれの人生を歩み始めているこの2人が、幸福な状態になれるのでしょうか?
 残念ながら僕には、作者が用意した全てのメッセージを読み解くことはできていないと思います。
 また、物語の結末も、全ての読者が期待したハッピーエンドとも言い難いでしょう。

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 でも、それぞれの目の前、にそれぞれの道が伸びている。そういう解釈はできると思います。

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(126-472)

【 はるかな風と空ののぞみ /水原賢治 】

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 夕暮れ時になると不安に襲われるはるか。心がざわめく程度だったものがだんだんその不安が大きくなり、やがて体調にまで影響して、保健室の常連になってしまいます。
 最初は部活中に倒れて保健室に運び込まれた、というものでした。知らせをきいた恋人の広明は、保健室にかけつけようと、教室から廊下に飛び出しますが、保健室にいるはずのはるかが、目の前に。
 もう体調はいいの? 的な会話を交わす中で、はるかは「秘密の花園」のことを口にします。「記憶が戻ったの?」と、広明。
 はるかは大きな病気のせいで子供の頃の記憶を失くしており、それを機に転校。高校で広明と再会しお付き合いも始まったのですが、子供の頃の記憶が戻ったわけではありません。
 もちろん子供の頃にかわした約束も覚えてはいなかったのですが、「結婚を約束した仲じゃないの」と、広明に抱きつき、キスまでします。放課後の廊下ということもあって、その姿は大勢に見られてしまいます。
 一方、保健室のはるかは、友達が呼びに行ったはずの広明がいつまでも来ないまま、下校時刻を迎えます。はるかのファンを自称し、クラブ活動中のはるかの写真を撮りまくっている岸谷という同級生が、結局はるかを自宅におくり届けました。
 廊下でキスのことではるかと恋人の広明は校長室に呼ばれますが、はるかはそんなことをしていません。でも、身に覚えのある広明は、一緒になって否定してくれず、はるかは傷つきます。

 とはいえ、広明だって納得いきません。確かにキスしたのははるかであり、そのはるかは結婚の約束も思い出していたのですから。
 この不可思議な出来事はこれに留まりません。今度は、岸谷の身に降りかかります。ある日、岸谷ははるかから、自由に写真を撮っていいよと誘われるのです。はるかから積極的に色んなポーズをとり、スカートをちらりとめくってみたりもします。そして、「大きなパネルにして保健室に持ってきて」と頼むのです。後日、また保健室で寝ているはるか、そこへ岸谷が持ち込んだパネルは、はるかがエッチなポーズをしているものでした。はるかは、そんなもの撮らせたりはしておらず、またその恥ずかしいポーズに、岸谷を追い出してしまいます。

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 読者は既にこの辺りで、何らかのオカルティックな理由ではるかが2人いるのだとわかっているのですが、作品の登場人物達がそのことに気づくのは、さらに同級の女子生徒2人がもう1人のはるかに酷い目にあわされてからです。

 異常事態に気づいた彼ら彼女らは、対策会議をします。
 本物のはるかが保健室で寝てるときに、同時に別のはるかが何かをやらかしているので、まず2重人格説は否定されます。ならば、本当に良く似た別人、生霊、ドッペルゲンガー? などの可能性が浮上します。ともあれ、もうひとりのはるかを捕まえようということになります。

 それは成功するのですが、2人のはるかが直接対峙することになり、どちらが本物かで言い争いになります。挙げ句、強烈なポルターガイスト現象が発生、校舎の窓ガラスが粉々に割れ、もう1人のはるかも消え去ります。

 はるかは両親に学校での出来事を話します。自分に良く似た女の子のことも。すると両親は、「のぞみちゃんだわ」と、言います。
 両親によると、こうです。大病で記憶をなくしたというのは嘘で、本当は家族旅行中の交通事故だった。これにより、両親と双子の姉妹であるのぞみが死亡、身寄りをなくしたはるかを今の両親(親戚であり、子供がいなかった)が引き取った。

 しかし、真相はそうではありませんでした。はるかはその後、すべての記憶を取り戻します。
 自分ははるかではなく、のぞみ。家族旅行の日、のぞみははるかの服の方が可愛いく見えて、だだをこねて取り替えさせた。そして、事故。崖下に落ちた車の中に閉じ込められた4人。両親は絶望的。双子の姉妹のはるかも、のぞみの腕の中でどんどん冷たくなって行く。

 のぞみにとって、はるかはずっと嫉妬の対象でした。勉強も運動もできてハキハキしてて、大人達に誉められるのはいつもはるかでした。そんなこともあって、それぞれ欲しいと望んだ服だったはずなのに、のぞみにははるかの服の方が可愛らしく見えたのでしょう、服のとりかえっこをしたのは前述の通りです。
 のぞみも事故のショックで記憶をなくしており、救助されたときには、その服の交換のせいではるかと判断され、親戚の新しい両親の元ではるかとして育てられたのでした。

 だからのぞみには、記憶を取り戻した後も、広明と「秘密の花園」で遊んだことや、交わした約束の記憶はありません。
 のぞみは広明に別れを告げ、あらためてのぞみとして生きて行く決意をします。
 みんなに悪戯をしかけていた幽霊のはるかは、もう一度だけ広明のもとに現れます。そして、双子の姉妹の話をします。「あの子はいつも私がついてないとダメだった。広明くん、のぞみをよろしくね」と。
 そんなこんなで、広明は、のぞみと付き合いを復活させます。

 こうしてハッピーエンドには終わるのですが、少し物足りない気もします。死んだはるかは、のぞみのことを大切に想っていたことが示されるのですが、それならなぜ、あんな悪戯をしたのかが、説明されていないんですよね。

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 事故に遭いつつも自分だけ生き残ったのぞみへの嫉妬、しかも記憶喪失と親戚の人の勘違いが原因とはいえ、自分の名前である「はるか」を名乗っていて、自分は「はるか」として供養されてない事実。
 でも、同時に、のぞみにはのぞみとして、幸せになって欲しいという想い。
 そのためには、のぞみがのぞみとしての記憶を呼び覚ますために、多少なりともセンセーショナルな出来事を起こす必要があった…。
 そこまで読者が自ら思いをいたらせるのは少し厳しいように思いますし、そもそもそれで正しいのかどうかがわかりません。あくまで僕の解釈でしかありませんから。

 ところで、ふたりの名前ですが、「のぞみ」も「はるか」も、特急列車の名前です。なにか意識的にネーミングされてるのかなあ? と、少しだけ思いました。それとも、偶然でしょうか?

 ともあれ、僕の所持する水原先生の作品は出尽くしました。これまでに取り上げた作品と同様に、この作品でも「詩的世界」が表現されています。新作、期待しています。
 ていうか、商業誌の編集さん、水原先生に発注してくださーい!


(232-945)

【 ゆりキャン/原田重光・瀬口たかひろ 】

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 「ゆるキャン△」は、ゆるーいキャンプらしいですが、「ゆりキャン」のゆりは、百合。すなわち、レズビアン。キャンはキャンパス。

 カバー絵だけ見ると、なにかの雑誌の表紙のように思えます。スマホで撮影、トリミングして初めて気がつきました。明るくて元気になれそうな内容の詰まった一冊、という印象でしょうか。でも、雑誌ではありません。れっきとしたコミックです。しかも、エッチです。

 瀬口たかひろ先生の絵は、ずーっと好きなんですが、今回はさらに可愛いさ爆発です。原作がついてるのが、珍しいかも?

 さて、内容はというと、きわめてバカバカしいお話。気楽に読めます。娯楽作品はこうでなくちゃいけません。

 名門女子大に入学したゆりかは、雰囲気か容姿かはたまた変なフェロモンが出ているのか、「ゆり(レズ)」の噂をたてられます。本人はノーマルを自認していますが、噂とは恐ろしいもので、半数の学生が抱かれたとか、妊娠させられて退学した者がいるとか、ムチャクチャな言われようです。
 レズビアンで妊娠なんかするわけないのですが、そういうノリがまかりとおってしまう校風、ということなのでしょう。

 順風満帆な学園生活をおくるはずのゆりかでしたが、不幸が訪れます。実家が経営する会社が倒産し、一切の仕送りが途絶えるのです。その結果、ゆりかは学生生活を送るために、スケコマシをして貢がせるという道を選ぶことになります。


 そして、いつしか登場する、キメ台詞とポーズ。
 それはあたかも「じっちゃんの名にかけて」や「真実はひとつ!」のごとき迫力でせまってきます。(いや、それ以上かも)

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 結果として1巻しか持ってない状態で、もう5年以上も前の作品なので手に入る可能性も低いのですが、「一冊買ってみたけど、自分には合わずにごめんなさい」では、なかったんですよ。書店に一式ならんでいたら、まとめて買っていました。


(125-466)

【 RIVIVE!/五十嵐浩一 】

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 五十嵐浩一先生の全4巻、結構シリアスなストーリーです。
 保険会社のエリートサラリーマン小此木はある日、自宅近所のシャッターだらけの斜陽商店街で、古い模型屋のショーウインドゥに飾られたフィギュアに目を奪われます。オタク心が一気に再燃します。 
 早速手に入れて帰宅しますが、そのフィギュアを年頃の娘に見られアダフタすることに。

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 スカタンこいたのは、家だけではありませんでした。仕事でも大きなヘマをやらかし、取り返しのつかないことになってしまいます。
 意気消沈している課長の小此木を元気づけようとした部下達に誘われ、彼はメイド喫茶に強引に連れ込まれます。
 そして、メイドをやってる我が娘と、バッタリ!

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 出会い頭の事故のようなものですが、中高一貫の名門私立中に通う娘がメイド喫茶でバイトとは! 小此木は我が眼を疑います。
 そして、家族という繋がりが狂い始めるのです。

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 そんな折り、会社は金融庁から業務停止命令を下され、組織再編の必要性にせまられます。
 小此木の次のポストは栄転と言えます。しかし、それとひきかえに部下全員が左遷という人事でした。
 小此木は、退社を決意します。そして同じ日、娘も退学してきました。休みがち、いじめられがちで、名門校にいづらくなったのです。

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 相変わらずなのは、妻が美人の会計士でバリバリのキャリアウーマンということだけ。
 絵に描いたようなエリート一家だったのが、父も娘もドロップアウト状態になり、並み以下の状況に追い込まれます。これをきっかけに、家族はバラバラになってゆきます。

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 娘は地元の公立中学に転入します。そこで、仲良くなったのが、いかにもという感じの不良少女。
 さらに、その不良少女にいじめられひきニート化した少年とも親しくなってゆきます。
 名門私立を退学したとはいえ、一応は「学校に通う普通の女子」に落ち着くわけです。
 しかし父親はまともな再就職とはなりませんでした。ひょんなことから、シャッターだらけの商店街の一軒の「古い模型屋」の店番を住み込みで引き受けることになります。
 そこへ、母との折り合いが悪くなった娘が転がり込んできました。

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 荒れに荒れている公立中学の一員になった娘ですが、1日の売上高が800円の模型屋の娘になってしまいましたから、荒れてる連中と一緒になって遊ぶためのお金すら父親に無心できません。
 娘のクラスメートで、模型屋の常連で引きこもりニート君を、同級生が刺したなんて事件迄発生しますが、誤解であることが判明。一件落着します。
 やがて、娘の公立中学への転校も、友人ができそれなりの中学生活となり、模型屋の廃業と親父の再就職となど、また家族の時間が流れ始めます。

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 この作品にはこの他に、ことあるごとに高い価値のある古い在庫を売り払って一財産作ることばかり考えてる模型店の老店主の息子、40過ぎて未婚という典型的なオタクの常連(実は天才プログラマー)など、物語をひっかきまわす脇役も登場します。
 娘の友達の不良女子中学生や、ひきニート君も含めて、当初は「なんなんだよ、こいつ」と思わせるキャラのオンパレードですが、結局は理解しあって暖かい想いで支えあって生きていきましょう、というメッセージかなと、思ったりもしました。

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 五十嵐先生の作品は、なんだかんだ言いつつも体制への反骨精神が多かれ少なかれどこかにあります。そして、この他に「ペリカンロード」のような青春もの兼抗争ものや、SFものなど作風も広いのですが、私はこの作品や「めいわく荘の人々」のように、結局のところ「暖かい気持ちを持った人間が支えあってるやん」っていうのが好きです。
 もしかしたら、SF戦記や暴走族の抗争よりも、暖かい人の気持ちがどこかから溢れてるという方が現実的ではないのかもしれません。だからこそ、そういうのを漫画から得て、癒されてるのかもしれませんね。


(123-463)

【 コットンプレイ/矢野健太郎 】

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 暇があればオナニーばかりしてる琴美は、不幸なことにマンションの1階に住んでいました。そこへ、トラックが突っ込んできて事故にあいます。
 そのショックで魂が抜けてしまい、記憶も自分の名前以外無くなって、霊体だから誰にも視認されることなく、全裸状態で道に踞って泣くばかり。
 しかし、松田にはなぜかその姿が見えます。「まさかレイプ被害者?」と思った松田、放っておくこともできず、琴実に声をかけます。
「私が見えるの?」と、嬉しくなった琴実は松田にかけより抱きつこうとしますが、なにしろ霊体。松田の身体を通り抜け、さらに転がってコンクリートブロックまで通り抜けてしまいます。
 会社がつぶれて無職になったばかりの松田。おまけに幽霊にまで取り憑かれてしまって踏んだり蹴ったり。
 この日から松田と霊体の奇妙な同棲生活が始まります。

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 松田には綾という恋人がいますが、松田は綾にわりと酷い態度や言葉や接しています。いわゆるボロクソに言う、って、やつですか?
 琴実はそのことに腹をたて、松田を責めるのですが、松田も「うるさい、黙ってろ、あっちへいけ」的なことを言って対抗します。しかし、そこにいるのは松田と綾。綾には琴実の姿は見えませんから、自分が言われてると思い、二人は別れることになります。
 まあ、フェミニズムとまでは言わないものの、恋人に対してボロクソに感情をぶつけるだけのこんな男、ふられて当然ですね。実際こういうタイプの男はいるし、こういうタイプの男とくっついてる女もいるのだから、心の深い所では繋がってるんでしょうけど、僕はいやだなあ。

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 霊体とはいえ、本人がしっかりと気を持っていれば、物に触れたりはできるようです。なので、松田と琴実のセックスシーンもあるのですが、感じてくると「気をしっかりもつことができなくなる」ので、霊体通り抜け状態になります。
 このあたりがエロコメの真髄ですね。
 やがて松田は、琴実が生霊ではないかと気付き始めます。意識不明の肉体がどこかにあり、霊体だけが肉体を抜けてさまよっているのではないか、と。
 実際その通りで、琴実はすぐ近くの病院に収容され、意識不明の状態で入院しています。

 さて、琴実はなぜか電子媒体との相性が良く、例えはデジカメで写真を撮れば写ってしまいます。
 このことを利用して、松田の友人の下田辺が、サイバーゴーグルを通じて琴実の裸体を鑑賞します。本当は彼女の記憶をオカルトチックな方法も含めて取り戻し、肉体探しをするために、松田がオタクの下田辺に協力依頼をしたわけですが。
 琴実がすごーく可愛いこと、場合によっては触ったりしてボディタッチもできるので、お下品でいやらしいことを下田辺は考えてるに過ぎません。
 松田もいつまでも無職でいるわけにもいかず、町の小さなパソコンショップに就職するのですが、ここにいる先輩スタッフのチカちゃんが無茶苦茶ITに詳しく有能で、しかも霊能者でコスプレ寄りのオタクで、緋村剣心にちょっと似ています。

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 下田辺が開発したコットンボディなるいわゆる精巧なダッチワイフを利用することにより琴実はかりそめの肉体を得て、さらにドタバタが続く構想だったようですが、掲載誌の休刊により完結。琴実は元の肉体に戻ります。
 肉体に霊体が戻ったあとは、霊体時代の記憶は無くなるとのことで、惹かれあい始めていた松田と琴実、多少の躊躇がありました。しかし、戻れるうちに戻らないと本格的な浮遊霊体になってしまうので、このままというわけにはいきません。

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 しかしその後、町ですれ違ったときに、琴実は松田のことを思い出したようです。
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 この前だったか後だったか、僕のホームページとの相互リンクを矢野先生にお願いしたのをきっかけに、時々メールのやりとりをさせていただいておりました。
 掲載誌がのきなみ休刊で、人気作がつぎつぎ打ち切りになっていた時期で、悔しい想いをメールにしたためたりもしたのですが、その雑誌では人気作でも、売れ行きを牽引するほどの作品を送り出せなかったのだから、雑誌休刊は作家陣にも責任がある、というお返事をいただいたのが心に残っています。

(231-944)

【 桜色ブリザード/むつきつとむ 】

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 同じ作者の成年コミック短編に似たような設定がありました。雪山で遭難した青年が雪女の里で救われて、そのかわり人口減少に歯止めをかけるべく、子種をおいてけと拉致されてまう読み切り作品でした。

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 桜色ブリザードは、青年コミック連載でコディ。

 雪女が「雪女の里」から人間の世界にやってきます。
 雪女の里とは、雪だるま型の通信機(ただし、人間の世界と雪女の里との通信状態はあまりよくないらしい)でやりとりが可能で、条件が整えば往来もできます。

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 その結果、雪姫とか人間界に来た雪女の姉だとか、主人公の男の子の母親や妹やらからんできてのドタバタです。

 でも、やっぱりそっち系が期待されての執筆依頼でしょうから、そういうシーンはそれなりにあるのです。そっち狙いの人も、楽しめます。

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 エッチな描写、確かに皆無であれば、つまんないかなーと思うものの、青年誌ならほのめかす程度で済むのにな、とか、ストーリーに重きをもう少しおいた方が面白い作品になったかなとか、感じることはありました。

 まあ、女性が、可愛いし、エロとのギャップ萌えが良いんでしょうかね。

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(122-459)

【 はちがつのうさぎ/水原賢治 】

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 水原先生の短編集です。
 優しく美しい描線、時として画面いっぱいに広がる詩的で透明感のある空気感、幼さの中にエロスを感じさせる少女達。

 黒柳博士は娘の美砂子を、真砂子と呼び間違えます。美砂子は知りませんが、美砂子は黒柳博士によって作り出された真砂子のクローンでした。真砂子と同年代の少女にするために急激な成長を促す必要があり、細胞レベルのマイクロチップが無数に埋め込まれているなどのせいもあって、特殊な医療行為を継続して施さねばなりません。
 しかし、研究に没頭し異端児扱いされている博士には研究資金がありません。助手の海太や娘の美砂子のバイト代まで研究につぎ込む始末。それも、美砂子が普通の生活ができるようにするためなのですが、美砂子はそんなことを知らないので、嫌気がさして家出をしてしまいます。
 継続的な医療措置を受けられなくなった美砂子は、町中で倒れてしまいます。それを救ったのが、クローン元の真砂子でした。

 どうして博士は美砂子を作ったのかとか、真砂子の代用品なんかではないんだということなど、色々と真相があきらかになります。そんな話である「モザイクの記憶」や、そのトンネルの中で振り返ったら人が消えるという「トンネル」なんて作品が収録されてるかと思うと、正義感溢れるスポーツ部男子が、ガラの悪そうな男子生徒に取り囲まれている所へ助けに入ったら、その少女は学内売春をしており、取り囲んだ男たちは「客」だったという「彩色玻璃の半睡(いろがらすのまどろみ)」などなど、SFぽいのから、エロまで様々。
 下校途中にゲリラ豪雨に合い、帰宅路の橋が流されてしまい、仕方なく学校に戻って避難した男女2人、女の子は水着になり、男の子は上半身裸で服を干していました。
 そして少女がオシッコを我慢できなくなって、男の子がいたずらをしたためお漏らし、それをきっかけにエッチに、なんてマニアックな同人誌的なお話もあります。

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 この「はちがつのうさぎ」には、「REMIX」というもうひとつの単行本があります。
 「はちがつのうさぎREMIX」は、「はちがつのうさぎ」の何本かの作品を入れ換えて再編集した短編集です。

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​ さて、この両単行本のタイトルである「はちがつのうさぎ」という短編も、もちろん掲載されています。
 表題作になるくらいだから、代表作であり自信作であるはずです。では、どんな作品なんでしょうか。

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 生理中なので躊躇してる少女に、彼氏が迫っているうちに、女の子もその気になって、コトを終えた寝具はスプラッタ状態、というオチ。
 こ、これが代表作で、いいんだろうか?

(230-942)

【 ナンでもやります/国友やすゆき 】

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 成績優秀(客観的に)で、性格素直(主観的に)で、メガネ美人(キャラとして)な二之宮祥子は、しかし就活でしくじってばかりでした。
 ある日、大学の就職課に(無断で)張り出された求人に惹かれて行ってみると、試験とは名ばかりの現場労働をさせられ、なしくずしに就職する羽目になります。
「能力第一超スピード出世」と張り紙にあった通り、いきなり「専務」です。なにしろ、社長一人きりの会社、「便利屋」を営む「エブリィ&オール社」ですから。
 ただし、1年間の約束です。就職浪人するくらいなら、就活をしながらこの便利屋で働くと祥子は決めたのです。

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 このエピソードは実は第5話です。
 物語は、社長の松田の楽天家ぶりを横目に、「赤字だ」「家賃も払えない」と、祥子が頭を抱えるシーンから始まります。
 と言っても、全く仕事が無いわけではありません。決して繁盛してるとは言えませんが、仕事は入ってきます。なのにお金が無いのは、ひとえに社長の人柄のせいです。利益第一主義ではないのですね。でも、仕事には一生懸命です。そんなハートフルコメディーが、この作品です。

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 有能美人OLからの依頼は、田舎から父が出てくるので、部屋を掃除して手料理を作って欲しいというものでした。訪ねたそこは、仕事が出来るあまりどんどん任されて、掃除どころか片付けする暇すらないらしく、足の踏み場もないほどゴミだらけで荒れ果てた部屋でした。
 松田が清掃、祥子が料理をそれぞれ仕上げて、顧客は大満足。ボーナスまで貰って引き上げる所に、約束の時間より早くやってきたのは、父親ではなく、恋人でした。
 手料理でもてなすからと招待されていた彼は、少しでも手伝おうと早めにやってきたのです。そのせいで便利屋と鉢合わせ。恋人が嘘をついていたことに憤慨します。
 しかし、松田は気付いていました。彼女が嘘をつき、手抜きをしてエエカッコするために便利屋に依頼したのではないことを。
 松田は、帰ろうとする依頼者の恋人をつかまえて、ゴミを見せます。失敗した料理の山や、捨てるしかないほど焦げついた調理器具。忙しいなりにも努力し、しかし失敗続きだったため、やむを得ず便利屋に頼んだんだと、彼氏に説明します。彼女が彼氏を手料理でもてなしたいという気持ちに嘘は無かったのです。

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 一事が万事この調子です。松田の人の良さが爆発します。
 もう1人、松田は従業員を雇うのですが、人が良すぎて、その従業員に売上を持ち逃げされたりもします。
 でも、その人の良さが解決につながり、持ち逃げした従業員も改心して真面目になり、貴重な戦力として戻ってきます。

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 実は松田は、商売人としては素人ではありませんでした。父親はスーパーを創業しており、その血を受け継いでいるのです。スーパーは兄がつぎ、辣腕をふるって大きなチェーン店へと成長させますが、猛は兄と反目していることもあり、自分は自分で立ち上げた便利屋家業を地道に続けます。

 しかし、悪辣な同業他社が出現、口先だけの営業で、どんどん仕事を奪われていきます。たた、そんな低質なサービスにいつまでも顧客がついてくるはずもなく、そのライバル社は、あわや倒産というところにまで追い込まれます。それを兄に頼んで、おそらく傘下に取り込ませることで、ライバル社を救うように働きかけたりするのです。ああ、どこまでお人好しなのでしょう。

 おかげでライバル社は(兄の経営する)大資本傘下の後ろ楯を得て力をつけ、同業他社である自分はますますやりにくくなるのですが、困り事を見捨てられない男なんでしょうね。
 そういう性格が効を奏し、窮地に追い込まれたときは、地元商店街が一致団結して救ってくれたりもしてくれたんですよね。

 と、いうわけで、兄からの「傘下に入って手を広げないか?」という誘いを断り、代わりに潰れかけた同業他社を紹介するという、究極の人の良さを見せつけて、物語は終了です。

 訳あって幕を引く会社もたくさんあると思いますが、そういう幕引きは別にして、経営不振で潰してしまう、なんてことになったら元も子もありません。かといって、大きく発展させればいいというものでもないと思います。大きく発展させることを否定はしません。そういう大企業も世の中にはなくては困ります。でも、細々と健全経営する会社が長続きしてこそ成り立つものもあるような気がします。

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 この作品はハートフルコメディーですが、「細々と健全経営を続けることの大切さ」を説いたビジネス書でもあるのかもしれませんね。
 なお、その後、祥子が初志貫徹して別の会社に就職した、とかいうことは無さそうです。
 
(120-450) 

【 7SEEDS ⑤/田村由美 】

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 この辺りから、文明の崩壊した近未来サバイバルSFから様相が変わってきます。

 おそらく作者からしたら、テーマを変更したつもりはなく、いよいよ本格的にテーマの核心へ迫ってきたということなのでしょう。
 そのテーマとは、「人と人との関わり」だと僕は思っています。極限状態を作ることで、ウワベだけの人間関係ではやっていけなくなります。かといって、個人的な心の声をダダ漏れにしていたのでは、他人に対して何の配慮もできないワガママ野郎になってしまいます。本音のヤリトリをしなければ、理解しあうことはできないけれど、本音をそのままぶつけ合えばいさかいになり、傷付けあうことにもなります。そこをもっと「よく考えなさい」と、文明にどっぷり浸ってる我々に警鐘を鳴らしているように思います。

 他人を押し退けて踏みつけてやりたいようにやれば勝者。だけど、うわべだけで争いを避けることもできるし、逃げることもできる。そのいずれもが、「違うんだよ」というメッセージを感じます。

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 佐渡に上陸した花、ちさ、富士子、角又、ひばり、新巻、あゆは、その様相に驚きます。地下施設の崩壊により地表が陥没し、地面が2重になっていたのです。

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 地表はいわゆる草原地帯。しかし、もう一段下の地表には、小川が流れ、木々も生い茂り、これまでどこでも見る子とのなかった鳥も飛んでいます。
 角又とあゆとひばりが地表に残り、後のメンバーが2層目の地表に降ります。

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 鍵島から地下に入ったメンバーはバラバラになっています。まず、欄、牡丹、ちまき。牡丹はこれまで気を張ってみんなを率いていた欄を労い、傷の手当てをし、休息をとらせます。蝉丸とナツは水流に流され、地下のどこかに上陸したものの現在地は不明、灯りの燃料も切れ、完全な暗闇に閉ざされます。この中で抱き合って告白をしあいます。

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 ひばりは佐渡の旧家の出身です。先祖から守るように言われていたご神体(大きな岩)があるのですが、その下に大穴が開いていました。穴を降り、先へ進むと、祖母が残したハイテク指令室がありました。ここから地下の各所に様々な指令が送れるようです。ただ、時の経過により、どうやら全ての機能が作動するわけではなさそうです。

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 苅田と溯也もそれぞれ単独行動、胡瑠璃とハルも灯りが無く暗闇の中、茜と秋ヲと潘と桃太は同一行動をとっています。流星と一緒にいるものの妊娠しているくるみは、その場からの移動が困難な状態です。
 嵐と安吾は花をめぐって喧嘩になり、別行動を選び、要は「失敗したのでは?」という意識に苛まれながら洞窟内をさまよいます。
 鍵島にあった研究所の記録映像が時々再生されては消え、何人かが断片的に施設の概要を知り始めます。研究員は施設の日々の管理をするだけなので基本的には暇で、お掃除ロボット(ルンバみたいなやつ)に、カメラや通信機能を付加する改造などを施して遊んでいました。それなりのAI機能も搭載されたようで、これが後に地下でバラバラになったメンバーをつなぐ通信網として活躍することになります。

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 この時点で、「文明崩壊後」としての世界ではなく、文明が継続していると理解してこの作品を読むのが正解だと思わされます。経年劣化により完全な動作をできなくなった機器類に花たちは翻弄されるという展開になっていくのです。

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 地下のメンバーは、幻覚物質や、巨大な蟻と蜘蛛といった外敵を避け、また戦いながら、一部復旧した電源による照明やパソコンに残された情報などを駆使し、崩壊しつつある地下施設からの脱出を図ろうとします。

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 ところが、そんな彼らに課題がつきつけられます。
 ひとつは、要(百舌)の処遇です。夏Aの安吾が未来世界で他のメンバーの脅威になっているのでは? そう思い込む要は、それなら安吾を抹殺しなければと行動をしています。これをなんとかしないといけません。

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 もうひとつは、身動きがとれなくなっている流星とくるみの救出です。
 そして、新たに彼らにもたらされた情報への対処です。それは、佐渡にはノアの方舟と称される施設に、
7SEEDSプロジェクトとはまた別に100人を越える子供達が冷凍睡眠させられており、これを救出して解放することです。

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 何しろ、管理する人がいなくなって、崩壊の危機に面している施設です。脱出するだけでも多くのハードルが存在します。その上、さらに救出すべき子供達がいるとなると、簡単にはいきません。地上へ近づこうとしていた一行は、また地下深くへいかねばならないのです。

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 この施設の研究員として業務に従事していた一人の女性が、角又の恋人であることも判明します。
 彼女は長期出張と称して角又の元を去ったのですが、その後、角又が7SEEDSプロジェクトのメンバーに選ばれ、やがてこの地にやって来ることを予想していました。そのため、角又へのいくつかのメッセージや置き土産をしていたのです。

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 安全のために施された各種装置というのは実はやっかいなもので、すべてが順調であれば「安全のための装置」として機能するのかもしれませんが、施設のあちらこちらにガタが来ていたのでは、却って行動を制限してしまいます。
 これは現代の実社会でも時々僕は感じています。例えは、火災時の延焼を防ぐための防火扉です。密閉のための扉止なのでしょうけど、健常者が台車を押して荷物を運ぶのにも大きな障害になっています。鉄道のホームドアにも危険を感じます。ホームドアと列車の間に取り残されて電車が動き出したら? 視覚障がい者ホームに転落しないように、というのなら、連結部分から線路に落ちないようにカバーをつければいいし、実際、そういう改造が、行われています。短い編成の列車が来るときだけ、その部分の溯などを閉じればいいのでは?
 そんなことを考えてしまいます。

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 ノアの方舟を放出するために現場に向かった花、ナツ、蝉丸は、まず暗証番号の照合ができなくて、行動か停止します。
 その後、崩壊の危機に貧した施設があちこちから流れ込む水を防御するために隔壁がどんどん自動的に閉じられていきます。そのため、花たちの区画は逆に水が抜けずに貯まるる一方となり、水没していきます。

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 助けに向かった安吾、嵐、荒巻も、進路を阻まれて命がけの行動を余儀なくされます。
 メンバーは様々な場所から様々な方法で脱出をするのですが、それぞれ簡単にはいきません。

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 方舟の場合で言うと、ハッチがきちんと閉まらないとか、それが解決したら今度は、その区画に注水されて方舟は自然と上昇し、同時に上部出口が開くはずなのですか、それが開かないとか。その出口を開くために嵐が危険な行動をすることになるのですが、それを果たした後は、水中蜘蛛の糸に絡めとられて方舟が上昇できない、とか。

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 しかし、この物語では既に何度も、危機一髪とか絶体絶命の状況を乗り越えてきています。なので、最後だけすんなりいっても拍子抜けではありますが、「なんとかなるんでしょ?」という思いも抱きながら読んでいた、というのも事実です。
 この物語の見所は、このクライマックスに関しては特に「脱出劇」でもなく、「サバイバル」でもなく、人と人との関わりあいであり、成長物語の部分なのです。

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 くるみは無事に出産を終え、そこへかけつけた他のメンバーとともに外へ出ます。
 鍵島の地下から脱出した者達は、クルーザーで佐渡島へ。
 佐渡の地下からも、ケーブルカーやハンググライダーなどで地上へ辿り着きます。
 こうしてようやく佐渡で生存するメンバーが一堂に介することができました。手紙の入った瓶がアメリカから漂着しており、他国にも生き残りがいることがわかります。方舟に冷凍保存された子供達はそのままです。いつか解凍する技術ができればその時には、という終わり方です。
 この場にいないのは要(百舌)だけです。みんなを守るために、蟻を引き寄せる役をこなし、犠牲になったようです。

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 半分が沈んで地形の変わった佐渡島です。全体の様子を把握するのはこれからです。一年の気候変動も、動植物がどんな具合かもまだまだ調査せねばなりません。ですから、定住のための村作りを早急に進めるとはなりせんが、とりあえずこの島に落ち着こうということになります。
 全35巻。これで完結です。完結ですが、外伝があります。外伝とは言うものの、事実上の続編です。

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 脱出劇とか、そういうのではなく、佐渡できちんと生活基盤を作って行こうということで、物語が進行します。これで読者もまあひと安心できるな、という感じです。

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④はこちら ↓
http://zukuzuku.hatenablog.com/entry/2019/03/28/003114

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